カナード達の帰還が遅れたのは、途中でラウが意識を失ってしまったからだ。
「……だから、迎えを……と言ったのに」
 コクピットからその体を抱え下ろしながらもカナードはそう呟く。取りあえず、後で彼の機体は取りに戻らなければいけないだろう。そう呟きながらも、彼はラウの体を抱えたまま自分の機体へと戻った。
「キサカ一佐!」
「わかっている。先に戻ってくれ。これは確実にそちらに連れて行く」
 だから、彼を優先してくれ……と彼も言葉を返してくれる。
「お願いします!」
 ラウが聞けば怒るかもしれない。それでも、彼の方が優先度が高いのだ。それに、彼を失えばキラがショックを受けるだけではすまないだろう。
「……口実と言えば口実だが、だが、事実でもあるからな」
 ラウだって、自分たちには大切な存在なのだから。そう呟きながら、彼の体を固定する。
 そのまま、慎重に機体を発進させた。
 敵機が完全に沈黙しているせいだろう。往路とは比べものにならないくらい楽に戻ることができた。もちろん、ラウのことを考えればそれは幸いだと言っていい。
 あと一息でレセップスに着くと言うときに不意に回線がつなげられた。
「何かあったのか?」
 こう問いかけてきたのはムウだ。
 おそらく、自分の行動からそう推測したのだろう。しかし、それだけで連絡を入れてくるだろうか。
「ラウ兄さんが倒れました」
 おそらく、痛み止めが切れたことが原因だろう。そう付け加えれば、ムウは小さなため息を吐いた。
「ムウ兄さん?」
「アスランが盛大に自爆してくれたそうだ。キラのフォローを頼みたかったんだが……俺も戻った方が良さそうだな」
 まぁ、敵もいないようだから自分一人ここにいても意味がないだろうしな……と彼は付け加える。その言葉がどこまで本心なのかはわからない。それでも彼が一緒にいてくれるとくれないでは気分的に大きく違う。
「お願いします」
 彼がそういってくれるのであれば、その言葉に甘えようと素直に考える。何よりも、いざとなれば彼がラウを抑えてくれるだろう。そうすれば、自分はアスラン対策に回れる。
 アスランが自爆をしてくれたのであれば、ここで引導を渡すことも可能だろう。
「キラには今、イザークとフレイ嬢ちゃんが付いていてくれているそうだ」
 ムウがさりげなくこう教えてくれた。
「なら、あの子は大丈夫ですね」
 少なくとも、すぐに側に行かなければならない状況ではないだろう。
 ならば、遠慮はすることはないか。そう判断をしてカナードは口元に笑みを浮かべる。
「これで、あのバカにキラを諦めさせられるかもしれません」
 その方がキラのためではないか。カナードはそう思っていた。

「……どうして……」
 キラはイザークに抱きついたまましゃくり上げている。アスランの言動がよほどショックだったのだろうか。
 一瞬、アスランを殴りに戻ろうかと考えてしまう。
「お前のせいではない。あいつが馬鹿なだけだ」
 だが、今はキラを落ち着かせることのほうが重要だ。第一、あいつを殴る暇があるなら、キラを慰めていたいと言うことも否定できないイザークの本音だ。
「あいつが自分だけのことだけしか考えていないのが悪い」
 最初から、とそうも付け加える。
「そうよ、キラ。キラは全然悪くないわ」
 フレイもまた優しい口調でこういいながら、キラの髪を撫でていた。
「キラがどうやって今のキラになったのか、三年分だけだと私たちは知っているわ。でも、あいつは知らないでしょう?」
 それなのに、勝手に自分の脳内で作り上げた《キラ》の姿を押しつけてその中に押し込めようとしていた。そんなことができるはずがないと気付かないアスランがバカなのだ、と彼女はさらに言葉を重ねる。
「あたしの言葉を無視したのは心情的にしかたがなかったとしても、カナードさんの言葉まで無視するのはおかしいでしょう?」
 顔見知りだったんだから、と続けられたフレイの言葉は納得できるものだ。
「だからいいのよ。あのくらい言われたってあいつの場合、当然なの」
 キラがそれを気にしているのは、きっと精神が高ぶっているからではないか。そういう彼女の言葉は本当に優しいものだ。
 女性には生まれつき《母性本能》と言うものがあるそうだが、それは本当なのかもしれない。キラよりもフレイの方が年下だったはずだが、その声音は昔、母が自分を慰めてくれていたときのものと同じなのだ。
「そうだな、キラ。側にいてやるから、少しでも眠れ」
 眠れなかったとしても、ベッドに横になって目を閉じていればいい。
 イザークも優しい口調でそう言葉をかける。
「何なら、手を握っていてやろうか?」
 キラが安心できるというのであれば、とそうも付け加えた。
 そうすれば、彼女は小さく首を縦に振ってみせる。
 同時に、キラはそうっと手を差し出してきた。その細い指を壊さないように、イザークは自分の手で包み込む。
「ここに、いてね?」
 キラがそう囁いてくる。
「わかっている」
 あちらのことはバルトフェルドやカガリ達に任せておけばいい。そうすれば、きっちりと片を付けてくれるだろう。
 自分の手で片を付けたい、と思わないわけではない。
 だが、自分とアスランでは、間違いなくどちらかが命を落とすようなことになるだろう。そうすれば、キラが悲しむ。
 他の誰かが彼女を悲しませたとしても自分だけは絶対にそうしてはいけないのだ。
 もっとも、この温もりを感じていればそんなことなどどうでも良くなってくるというのも事実。
「だから安心して眠れ」
 イザークは微笑みと共にこう囁いた。