「……今の、アスランはきらい……」 どうして、自分の言葉を理解してくれないのか……とキラは涙を流す。 「キラ……」 そんな彼女の表情を見ていたくない。それ以前に、彼女を泣かせるような状況は作りたくなかった。そう思っていたのは自分だけだろうか。 「泣くな、キラ」 取りあえず、カガリ達のすきまをぬうようにして、キラの体に腕を回す。そうすれば彼女はすがりつくように抱きついてきた。 「お前が気にすることは何もない」 アスランがああなのは、自分が選択した結果だ……とイザークは彼女に告げる。変わろうと思えば、いくらでも変われる機会はいくらでもあったのだ。それを選ばなかったのも、彼の選択だろう。 それが悪いとは言わない。 ただ、それを他人にも押しつけるな、というだけなのだ。 何よりも、キラを好きだというのに彼女を傷つけることが許せない。 好きだというのであれば、大切だというのであれば、そういっている人間が彼女を傷つけるはずがないだろう。 「あいつは……自分が大切なだけだ」 それ以外は自分のための道具だと思っているのだろう、と吐き捨てる。 「イザーク、貴様!」 アスランがフリーズ状態から回復したのか。即座に怒鳴りつけてくる。 「図星を指されて恥ずかしくなったのか?」 そんな彼に言い返したのはイザークではない。彼の視線からキラを隠すように移動しながらカガリが吐き捨てる。 「お前は『キラに側にいろ』というわりには、キラの気持ちすら気にかけていないじゃないか!」 キラの気持ちを考えているのであれば、少なくともフレイに対しての態度は考え直さなければいけないだろう。 それ以前に、彼女の古傷をえぐるようなマネをするはずがない! とさらに彼女は言葉を重ねる。 「そうですわね。キラさまのことを考えているのであれば、キラさまに『きらい』と言わせるようなことをするはずがありませんわね」 ラクスもカガリの言葉に同意をしてみせた。 「第一、貴方はわたくしとのことをどうなさるおつもりでしたの?」 キラを好きだといいながら自分と結婚をするつもりだったのか、と彼女は問いかける。 「……俺は……俺が欲しかったのは、キラだけだ!」 「貴方の脳内にだけ存在している《キラ》ですわよね」 ここにいる、自分たちが大切にしている彼女ではないだろう、とラクスはため息を吐いた。その声音に、棘が含まれているのはイザークの錯覚ではないだろう。 「もし、今のキラだとしても、それが許されると思っておいでですの?」 自分と婚約したままキラと結ばれるなど、周囲の者が認めるはずがないだろう。あるいは、それを原因としてオーブとの仲が険悪になるかもしれない。彼女はそこまで言い切った。 「その可能性はあるな。キラは国政には関与していないが、国の中枢にいる者達に人気がある」 一部のバカを除いて、だ……とカガリも頷く。 「少なくとも、首長会の過半数はキラの存在を認めているしな」 そんなキラを愛人にしようだなんて言い出すバカにはそれなりの報復があるだろう、ととんでもないセリフを付け加えてくれた。 「何言っているの。その前にカナードさん達が動くに決まっているじゃない」 さらりとフレイが口を挟んだ。 「ラウさんが側にいて、不合格を付けたんでしょ? カナードさん達が認めるわけないじゃない」 同じ立場だったイザークには合格点が付いたのに、と言われて喜ぶべきかどうかがわからない。それでも、そのために努力をしてきたのだから当然だという思いは当然持っていた。 しかし、アスランはどうだったのだろうか。 彼が努力をしてこなかったとは言わない。だが、彼の努力はあくまでも彼自身のためのものだ。キラのためのものではない。 キラと再会してからだって、彼が取った行動は自分自身が望んだことだけだろう。 彼女がどうしてフレイ達を守ろうとしていたのか。 ある意味、ナチュラルに対して余りよい印象を持っていなかった自分にだってわかるというのに。そして、フレイの言動を見ていればそんなキラの態度がナチュラルにどう思われているかもわかるのではないか。 それを頑なに認めようとしていないのはアスランだけだ。 「どうして……アスランは今の僕を見てくれないの?」 キラが悲しげな口調でこう呟く。 どうして、彼女にこんな態度を取らせて平気なのか。それよりも、キラの今の表情を見てどうして自分が間違っていると思わないのか、とそんなことも考える。 「……キラ、俺は……」 いや、少しは心を動かされたのか。小さな声で何かを口にしようとした。 「俺は、月にいた頃のように……俺のことを一番に考えて欲しかっただけだ……」 ただ、それだけが望みだった……とアスランは口にする。 「もう、俺にはあのころの母上の話をできるのは、キラとカナードさんだけだからな」 他にはカリダとハルマもいる。しかし、彼らはプラントに足を運ぶことができないから、と何気なく付け加えたのだろう。しかし、その瞬間、キラが顔をゆがめた。 「……母上は……ユニウスセブンで、亡くなられた……」 だから、とキラの様子に気付くことなくアスランは言葉を重ねていく。もし彼女の表情を見ていれば、そこまで言い切れなかったはずだ。 同時に、どこまでこの男は無神経なんだ、と思う。結局、自分のことしか考えられないのか、とあきれたくなった。 キラを抱きしめている以上、迂闊な行動は取れない。しかし、一言怒鳴りつけてやらなければ……とそう思ったときだ。 「いい加減にしてください!」 イザークよりも先にレイが行動を起こした。 「大切な人を失ったのは貴方だけだと思っているんですか!」 今までの彼からは信じられないような表情でこう叫ぶ。 「……まさか……」 キラとレイ。二人の態度からアスランは何かを感じ取ったらしい。今までとは別の意味で表情を強ばらせた。 「……イザーク様」 しかし、それにキラが言葉を返す前にラクスが口を開く。 「それにフレイ様。キラさまを休ませてください」 これからの光景はキラに見せたくないから……と彼女は意味ありげな笑みと共に告げた。 「大変だな、ラクス。私と違ってイメージを優先するとなると」 からかうようにカガリが口にする。 「あら。わたくしのためではありませんわ。これ以上、アスランのイメージを壊させないためですの」 それがキラのためだろう、と彼女は言い返す。 「そうね。ここから後はカガリさん達に任せた方がいいわね」 フレイは何かを感じ取ったのだろう。こう口にする。 「キラがこれ以上、そのバカをきらいになるのはキラが可愛そうだわ」 大切な友人だったのでしょう? と言われて、イザークも納得をした。 「そうだな」 行こう、キラ……と優しく囁く。それにキラは小さく頷いてみせた。 |