ミゲル達に追い返されるようにしてレセップスに戻ってきた。
 余計な気を回さずとも……と考えていたのは、キラの顔を見るまでだったかもしてない。
「キラ?」
 自分の顔を見た瞬間泣き出されては、いくらイザークでもどうすればいいのかわからなくなってしまう。しかも、こういう時に限ってこういうことになれていると自分が認識している者達が側にいないのだ。
「大丈夫だ、キラ。俺は無事だろう?」
 ともかく、こう囁きながらそうっとその体を抱きしめた。
「ちょっとあれこれ不安定なの、キラ」
 だから、よろしくね……とフレイがそんな自分に向かって声をかけてくる。他の誰かであればきっと怒鳴りたくなるようなそれも、相手がこの二人ではしかたがないと思えるのはどうしてだろうか。
「そうか」
 きっと、それは腕の中の少女はもちろん、その友人である彼女にもそれなりの好意を抱いているからだろう。
「疲れているところ、悪いとは思うんだけどね」
 同時に、彼女たちがこのように相手に対しての気遣いを忘れないからかもしれない。
「わかった。キラは引き受ける」
 することがあるならば、そちらをしてくれ……とそう付け加えた。
「あたしができる事なんて、本当に少ししかないんだけどね」
 それでも、包帯ぐらいは巻けるから……と彼女は笑う。
「それだけでも十分だと思うぞ。普段は、女性にやさしくされたことがないものも多いだろうからな」
 逆に気を付けろ、とそう告げる。
「大丈夫よ。レイ君の手伝いだから」
 彼が側にいてくれるし、ドクター達も一緒だから……とフレイは明るい口調で言い返してきた。
「いざとなったら、反撃していいって言われているし」
 防犯ブザーも渡されている。むしろ、今の状態のキラを一人のする方が心配だ、とも付け加える。
「否定できないな」
 今のキラは誰かが側にいなければ崩れ落ちそうだ。しかし、怪我人の治療も優先しなければいけないというのは事実。
「いざとなったら、キラと昼寝でもしているさ」
 後が色々と恐いだろうが、しかし、今はそれが安全だろうと判断をしてイザークは頷いてみせる。何よりも、今回はフレイも共犯だと言っていい。だから、万が一の時でも少しは何とかなるのではないかと思う。
「じゃ、お願いね」
 万が一の時には、フォローだけはしてあげるから……という言葉とともにフレイは駆け去っていく。
「と言うことで、キラ」
 せめて、シャワーだけでも使わせてくれないか? と腕の中の少女に声をかける。
「……イザーク……」
 キラが小さな声でそう呼びかけてくる。
「大丈夫だ。汗を流すだけだ。心配なら、控え室まで一緒に来るか?」
 流石にシャワールームまで連れ込んだら、今のところはまだ自分の命が危険にさらされる可能性があるから、それだけは勘弁してくれ……とそう付け加える。そうなってしまえば、キラを守れなくなるだろう、とも付け加えた。
「……うん……」
 どうやら、納得をしてくれたらしい。そう判断をしてイザークはそっとキラの体の向きを変える。流石に正面から抱きつかれていれば歩くに歩けないのだ。
 キラもそれがわかっていたのか。素直に移動をしてくれる。その事実に安心しながら、彼女の肩を抱くとイザークは歩き出す。
 キラは甘えるように――たんにすがりついているだけなのかもしれないが――イザークの体に腕を回してくる。どこかなれたようなその仕草に、きっとカナード相手に普段からこのような態度を取っているのだろう。
 きっと、それは彼がキラを本当に大切にしているからだ。
 自分だって、こうして同じような行動を取ってしまっているではないか。そう思うのだ。
「これだと、体温がわからなくて困るな」
 戦闘中はありがたい存在なんだが、とパイロットスーツを見下ろしながらイザークは呟く。
「これのおかげでキラにはわからないかもしれないが、今の俺はかなり汗くさいと思うぞ」
 少しでもキラの気持ちを浮上させようと、どうでもいいことまで口にした。
「そんなこと、ないと思う……」
 そのくらいは気にならないし、とキラは小さな声で返してくる。
「そうか? だが、俺としては気にするんだ」
 特に、キラ相手だから……とイザークは苦笑と共に付け加えた。
「母上がいるときにそんなところを見られてみろ。俺の上には雷が落ちるぞ」
 エザリアから……と言葉を重ねれば、キラは小首をかしげてみせる。彼女の記憶の中のエザリアはきっと優しい女性なのだろう。だとするならば、母の希望は叶えられていると言うべきなのか。
「俺としても、お前の前にいるときには少しでも恰好いい自分でいたいからな」
 だから、そのくらいの見栄は張らせてくれ。そう言って笑えば、キラは素直に頷いてみせる。
 もちろん、そう長い時間、キラを一人にしておきたいわけではない。普段であれば、自分の不快さはもちろんキラにも我慢して貰っただろう。しかし、今は戦場の匂いを少しでもキラから遠ざけたかったのだ。
「ドアは開けておく。何かあったら、すぐに声をかけろ」
 控え室に入ったところでこう告げる。
「もっとも、お前が見たいというのであれば構わないから覗いていいぞ」
 他の誰かなら遠慮をするが、キラが希望するならいくらでも見せてやろう……とも付け加えた。
「……遠慮、しておく……」
 そんなことをしたら、強引に見せたがる人がいるから……とキラはため息とともに口にする。
「隊長もカナードさんも、そんなことをするとは思えないが?」
「だから……最後の一人……」
 キラが小さな声で呟く。
「ムウさんか……」
 何故か、彼ならば納得できてしまう。それはきっと、彼がディアッカとよく似た雰囲気を持っているからだろう。そして、ディアッカならやりかねないのだ。
「あの人なら、そのまま踊りそうだしな」
 残念だが諦めておく……と苦笑混じりに口にする。
「すぐすませる。だから、待っていてくれ」
 この言葉とともにイザークはシャワーブースへと足を進めた。