周囲の小うるさい機体がいきなり沈黙をした。
「……何が……」
 そうは思うが、今はそれよりも優先しなければいけないことがある。そう思い直す。
「これなら、敵の母艦にたどり着くのも楽だな」
 そのまま頭を叩いてしまえばいい。
 母艦さえ壊滅させれば、指揮系統は混乱するに決まっている。そうなれば、自分たちが借ることはわかりきっていた。
「そうすれば、キラだって……」
 自分のことを見直すに決まっている。
 そうなれば彼女だって自分の言葉に耳を貸すはずだ。
 ゆっくりと話す機会さえ与えられればキラを説得できる自信があった。昔から、最終的にキラが自分の非を認めて折れるのが自分たちの日常だったのだし、とそう思う。
 あるいは、今は自分が合流するまでにイザークが好き勝手に自分の悪口を吹き込んでくれたのかもしれない。
 アカデミーにいた頃に自分に勝てなかったからとはいえ、陰湿な奴だ……とキラの隣に当然のようにいる男の面影に向かって吐き捨てる。
「でも、それは今日までだ」
 自分がこの戦いに終止符を打つことができれば、誰も自分の言葉を無視できなくなるはずだ。
 そう。たとえ、それがキラを疎んじていたらしい父でも、だ。
「誰にも邪魔をさせない」
 自分が、キラを手に入れるのだ……とアスランは心の中で呟く。
 それが既に愛情なのか、ただの独占欲なのか、それとも、自分のプライドを守りためだけなのか彼自身にもわからなくなっている。ただ、キラを手に入れることが目的としてあるだけだ。
 その目的を果たすためであれば、手段なんて選んでいられない。
「……地球軍の母艦は……」
 こう呟きながら、アスランは周囲を見回す。
「あれか?」
 どうやら、あの異変は敵のMSには出なかったようだ。周囲を数機のMSが護衛をしている艦影が確認できた。他にそのような艦はないから、あれが旗艦なのだろう。
「なら……」
 あれを、と思ってスロットルを握りなおしたときだ。
「そこまでだ、アスラン・ザラ!」
 これからは、自分の指示に従ってもらう! と通信機からバルトフェルドの声が響いてくる。
「……このタイミングで……」
 何故、出てくる。
 そう思わずにはいられない。
 だが、何故か彼の声には逆らうことを許さない響きがある。これが経験の差なのだろうか。そう思いながらも悔しさを隠せない。
「キラを……」
 手に入れられるはずだったのに。
 何故、誰も自分に味方をしてくれないのだろうか。
 そんな世界を、アスランは本気で恨みたくなった。

 一方、ラウ達の方は無事に――と言っていいのだろうか――目的を完遂していた。
「さて……これをどうする?」
 足元で拘束されているアズラエルをにらみつけながらこう呟く。
「連れて帰るしかないのでしょうが……あの子の目には触れさせたくないですね」
 こんなバカの存在は、とカナードも頷いている。
「取りあえず、バルトフェルド隊長に相談をして、一足早くバナディーヤなりジブラルタルなりに送ってしまえばいいんですよ」
 さらに言葉を重ねた彼に向かってアズラエルは何か言い返そうとしたようだ。もっとも、口もしっかりと塞がれているのでそれも言葉にはならない。煩わしくないがうるさい、とラウは心の中で呟いてしまった。
「それとも麻酔でも打ちますか?」
 そうしておけば、しばらくは大丈夫だろうと口を挟んできたのはキサカだった。
「あぁ、それはいい考えだね」
 少なくとも、こちらに時間的な余裕ができる。その間に全てを決めてしまえばいいだけのことだ、とラウも頷く。
「必要なのは、この男の身柄だけだしね」
 生きていることが重要なのであって、意識はそうでもないだろう……と彼は付け加える。
「では、そういうことにしておこうか」
 大丈夫、ナチュラル用の薬を使うから……とキサカは笑った。
「オーブ製のだな?」
「もちろんだよ。セイラン家御用達、というふれこみで納品されているものらしいね」
 この一言は嫌がらせなのだろうか。そう思うが、別に自分が困るわけではないから放っておこうか。その方が楽しいし、と思う自分は隊長という立場は失格なのかもしれない。
 そう考えた瞬間、痛み止めが切れたのだろう。不意に激痛が襲って来る。
「兄さん?」
 流石にいきなり顔を引きつらせれば気付かれるに決まっているか、とラウは心の中で呟く。
「迎えを呼びますか?」
 心配そうにカナードがこう問いかけてくる。
「やせ我慢ぐらいはさせてくれ」
 それを連れて帰るときぐらいはな……とラウは無理矢理笑みを作った。それをどう判断したのか。即座にみなは行動を開始する。
 意識を失わせたアズラエルその他を装甲車に積み込んでレセップスに戻るまで、五分とかからなかったのは事実だった。