「……アズラエルがいる?」
 ブリッジに足を踏み入れた瞬間、レイの耳にこんなセリフが飛び込んできた。声の主はカガリだ。
「どこに、だ?」
 堅い口調で彼女はさらに問いかけている。
「アズラエル?」
 それはいったい誰のことなのだろうか。そう思いながら、レイは呟く。
「ブルーコスモスの盟主だよ」
 さらり、とラウが言葉を返してくる。
 だが、それだからこそ余計にその存在の重要性が伝わってくるような気がするのは自分の錯覚だろうか。
「……何とかできるか?」
 どうやら、カガリも同じ事を考えているらしい。通信の相手に向かってこう問いかけている。
「残念だが、現状では、こちらからは人手を回せない」
 悔しげな口調でダコスタが言葉をはき出した。それは間違いなくアスランがこの場を離れたからだろう。
「カナードなら、そちらに回せるかな?」
 そんな彼に向かってラウがこう問いかける。
「不可能ではありません。彼らは、あくまでも善意の協力者ですから」
 その表現がこれだけ似合わない場所もないだろう。でも、それ以外に言いようがないと言うことも事実だろうか。
 それにしても、とレイは心の中ではき出す。
 アスランが勝手な行動を取らなければ、カナードはこのままレセップスの護衛だけをしていればよかったのではないか。
 ラウがカナードにも他人の命を奪わせたくないと考えていることをレイも知っていた。だからこの一言がどれだけ辛いものなのかも想像が付く。
「なら……彼に頼むしかないね」
 不本意だが、とラウの態度が告げている。
「できれば、後一人、回したいところだが……」
 何とかならないか、とラウは考え込む。
「ラウが出るのはダメですからね!」
 そんな彼に向かって、レイは即座にこう告げた。でなければ、彼が自分で行きかねないのだ。
「だが、この状況では私が出るのが一番良さそうだ」
 カナードのフォローぐらいならば可能だろう、と彼は言い返してくる。
「バルトフェルド隊長があちらと合流するまで、後どれくらいかかるかな?」
 さらに、彼はダコスタに向かってこう問いかけた。
「後、そうですね……六百秒ぐらいでしょうか」
 ダコスタが即座に言葉を返してくる。どうやら、彼の脳裏には作戦の状況が全てたたき込まれているようだ。
「そのくらいであれば、今の私の状況でも何とかなるだろう」
 カナードに負担をかけることになるが、とラウは眉を寄せる。
「なら、ムウ兄さんに頼んでも……」
「彼はMSになれていないからな」
 彼がなれている機体であれば、無条件で頼むのだが……とラウは言い返してきた。
「無理です!」
「大丈夫だ。別に、傷の治りが少々遅くなるだけだよ」
 この程度であれば、以前にも経験したことがある。そういって、彼は微笑む。
 そうかもしれないと言うことはわかっている。
「……でも、姉さんがその事実を知ったら、きっと心配します」
 それだけならばいいが、自分を責めるかもしれない。そうも付け加えた。
「だが、この状況もキラにとっていいとは言い難い。違うかな?」
 ならば、少しでも状況を好転させられるように動く方がいいだろう。ラウはそういって微笑む。
「カガリ」
「……キサカには二人と合流するように言っておく」
 でも、頼むから無理はしないでくれ、と彼女は小さな声で付け加えた。面と向かって反対をしないのは、きっと、それ以外にないと彼女にもわかっているからだろう。
 それがきっと、為政者となるべき彼女に施されてきた教育の成果だ、と言うこともだ。
「わかっているよ、カガリ」
 ラウはそんな彼女に優しい笑みを向ける。
「必ず、無事に戻ってこよう」
 だから、何も心配はいらない。
 それは彼が出かけるときにいつもいっている言葉だ。
 だが、それを聞く度に自分がどのような感情を抱いていたのかを、きっと彼は知らない。
「カナード。カガリ達の話は聞いていたね?」
 レイの視線の前でラウは次々と指示を出していく。
「あぁ」
「なら、すまないが私に付き合ってくれ」
「……俺は?」
「お前は居残りだ、ムウ。せめて、うちの新兵程度に動けるなら付き合ってもらうが……」
「はいはい。足手まといは大人しくしてろって言いたいんだろ」
 そういっていられるのも今だけだからな! とムウは言い返している。
 本当は、自分も彼らの中に入りたかったのだ。こうしてみているだけではなく。
 しかし、自分の年齢ではそれが許されない。その事実が少しだけ寂しいと思ってしまうレイだった。