何の前触れもなくドアが開かれる。
「クルーゼ隊長!」
 表情を引きつらせたまま伝令らしい兵士が飛び込んできた。
「何かあったのかね?」
 膝の上にキラの頭を載せたままラウは静かな口調で聞き返す。
「申し訳ありません……大至急、ブリッジにおいで願えませんでしょうか」
 バルトフェルドだけでは判断が間に合わない状況になっているのだ、と彼は静かな口調で告げる。
「わかった」
 それに、クルーゼも頷き返す。
 彼の表情だけで何があったのかが推測できてしまったのだ。馬鹿だバカだ、とは思っていたが、ここまでだとは思わなかった。そう心の中で付け加える。
「フレイ君。すまないが、キラのことを頼むよ」
 レイはブリッジまで付き合ってくれ、とそのまま彼は口にした。
「ラウ!」
 無理だ、とレイの視線が告げてくる。それはきっと、自分のケガのことを気遣ってくれているのだろう。
「まだ痛み止めが効いているしね。それに……ここをおとされては意味がない」
 キラを連中の手に渡すわけにはいかない。もちろん、レイも、だ。
 カナードに関して言えば、自力で何とかできる程度の力は身につけているから、取りあえず自分たちの保護対象から外しても構わないだろう。それでも可愛い弟だと言うことは事実だが。
 もっとも、そういいきれるのは自分たちぐらいだろうなと言うこともわかっている。
 あれだけかわいげのない性格になったのは自分たちがキラのことを任せてしまったからだろうし……とそう心の中で付け加えた。
 だからこそ、今は安心してみていられる。
 それでも、できれば彼にはあまり手を汚して欲しくないのだ。
 そのためにも自分が指揮を執らなければいけないのであれば、自分の不調には目をつぶろう。
 レイを連れて行くのは、彼が看護士としての基本を身につけているからだ。
「大丈夫だよ。キラが目覚めるまでには戻ってこられるだろうからね」
 それまでには必ず終わらせてみせる、とラウは心の中で決意をする。
「キラのことは任されるけど……本当に大丈夫なんですか?」
 そうっとキラの頭を枕の上に移動させているラウに向かって、フレイが問いかけてきた。
「実際に戦闘に出るならともかく、指示だけならば座っていてもできるからね」
 まして、レセップスの中であればすぐに対処も取れる。だから心配はいらない……とラウは微笑む。
「わかったわ」
 それでも、キラを悲しませるようなことになれば、キラのお兄さんでも容赦しないから! と言い切る彼女に自然と笑みが深くなっていく。
「わかっているよ。だから、レイに付いてきて貰おうと思うのだが……」
「……しかたがありません。でも、姉さんが全部自分で背負おうとする性格は、兄さんの影響もあると思いますよ」
 あきれたようにレイがため息を吐いた。
「それはしかたがないだろうね」
 小さい頃、キラの面倒を一番見ていたのは自分だ……と口にしながらラウはそうっと立ち上がる。
 そんな彼に向かってレイが黙って軍服の上着を差し出してきた。
「ありがとう」
 本音を言えば彼は自分を止めたいのだろう。それができないとわかっているから、こうして少しでも負担を減らそうとしてくれているのではないか。
「貴方が隊長である自分をどれだけ誇りに思っているか、知っていますから」
 苦虫を噛み潰したような表情でレイは言い返してくる。
 そのまま彼は手早くいくつかのアンプルと注射器を用意していく。きっと中身は痛み止めだろう。
「少しでも異変を感じたら、無条件でカガリさんに病室に連れ戻して貰いますからね」
 それは脅迫なのか。
「……自分でやろうとは思わないのかな?」
「俺一人では、力で勝てませんから」
 それに、傷に障ってはまずいだろうし……とレイはしれっとして言い返してくる。
「まぁ、そういうことにしておこう」
 それでは行こうか、と微笑む。
「姉さんをお願いします」
 レイもまたこう言い残すと後を追いかけてくる。
「待たせたね」
 通路に出れば、呼びに来た兵士が直立不動で待っていた。こういう点の教育はバルトフェルド――それともアイシャだろうか――しっかりとしているらしい、と判断をする。
「いえ。お怪我をされているのに申し訳ありません」
 ラウの言葉に、彼はこう言い返してきた。
「それこそ心配は無用だ。それで……アスランが何をしたのかね?」
 時間が惜しい。そう判断をして、単刀直入に問いかける。
「……先ほど、無断で持ち場を離れました」
 現在の所、何とか持ちこたえている。しかし、そのせいで陣形が薄くなった箇所がある、と彼は言葉を返してきた。
 それを耳にした瞬間、レイが身に纏っていた雰囲気を一変させる。どうやら、そこまで彼がバカだとは思っていなかったのだろうか。
 だが、ラウにしてみれば、それはある意味予想の範囲内のことだったと言っていい。
 もちろん許せるか、と聞かれれば答えは『否』だ。
 しかし、それも全てが終わってから考えるべきことだろう。
 今はどうやって自軍を勝利に導くかが優先だ。
「……こうなると、自分が出撃できないというのがもどかしいね」
 ラウは小さな声でこう呟いていた。