怪我人のことを考えてのことだろう。医務室周辺は防音と防振が徹底されている。それでも振動が伝わってくると言うことは外の戦闘がそれだけ激しいと言うことだろう。 「姉さん」 大丈夫ですか、とレイは問いかける。 「……うん……」 そう頷いてはくれるが、しかし、彼女の顔色はあまりよくない。 あるいは、この戦闘が終わるまで眠っていて貰った方がいいのだろうか。 そんなことを考えながら、彼はラウとフレイの顔を交互に見つめた。 「キラ……お茶を飲む?」 それだけでフレイには自分が何を望んでいるのかわかったのだろう。キラにそうっと問いかけてくれる。 「……いらない……」 キラの口から出たのはこんなセリフだ。 それだけ、彼女の精神が疲弊していると言うことか……とレイは眉を寄せる。今までであればそのような反応を彼女が見せることはなかったのだ。 やはり、ラウのことがようやく落ち着いてきた彼女の精神を大きく後退させてしまったと言うことなのだろうか。 「すまないが、私は喉が渇いたのだが……」 何か考えがあるのだろう。ラウがこんなセリフを口にする。 「お茶でいいのですか?」 だから、レイはこう聞き返す。 「あぁ、頼むよ」 そのまま、ラウは自分の腰に抱きつくようにしているキラの髪に、そうっと手を置く。 「キラも付き合ってくれるね?」 どうせなら、みんなで一緒にお茶にしよう。この言葉に、キラは身動きもしない。 「いいこだね、キラ」 付き合ってくれるね? とラウは再度問いかけた。そうすれば、今度は小さく彼女の頭が揺れる。 「レイ」 ラウの言葉に彼は頷く。 強引にでも眠らせてしまう方がいいというのは誰の目から見ても明らかだと思うのだ。 きっと、他の二人もそうだろう。そう思ってレイは行動を開始する。フレイもまた、それに付き合ってくれた。 キラの分だけに軽い睡眠導入剤を入れておく。砂糖でごまかせる味だから、きっと気付かずに飲んでくれるだろう。いや、そうあって欲しいと思っていると言った方が正しいのか。 「キラ、飲み終わったら少しでもいいから横になるのよ?」 一人が不安ならば、ラウのベッドに入れてもらえばいい。それとも、自分とねる? とフレイは問いかけている。 「大丈夫、だから……」 一人でも、とキラは口にした。しかし、自分の言動がそれを否定していると本人は気付いていないのだろう。 自分よりも他人を優先する。 それはキラの利点だが、こう言うときには自分を優先して欲しい。自分がそう考えていることも、彼女にとって見れば負担なのだろうか。 いや、煎じ詰めれば、間違いなく戦争という今の状況がキラの精神を追いつめているのだろう。 だからこそ、キラはカナードと共にオーブににいたのに。 そこにムウとラウが行ったのは必然だったのか。 どちらにしても、あそこで開発を行っていた地球軍は許せない、とレイは思う。 しかも、その理由が、キラが作っていたシステムを流用しようとしていたから、というのではなおさらだ。 「はい、兄さん」 しかし、今はそれを表情に出すわけにはいかない。こう言うときに、自分のラウ譲りの鉄面皮はありがたいと思う。 「キラはこっちね」 フレイがこう言いながらさりげなく薬の入ったカップを手渡してくれた。 「これが終わったら、久々に一緒にお菓子を作りましょう」 喜ぶ人がたくさんいるわよ、とフレイが明るい口調で告げる。 「カナードさんだって、気分転換になるわ」 ついでに、新しいお菓子を教えて貰いたいし……とさらに彼女は言葉を重ねた。 「キラだって、あいつに食べて欲しいんじゃないの?」 イザークに、と言われた瞬間、キラの耳が赤くなったのがわかる。 「キラ。イザークだけではなく、私の分もちゃんと作るんだよ」 もちろん、ムウとレイの分もだ……とラウがからかうように口にした。 「……兄さん……」 その言葉に、キラが顔を上げる。予想したとおり、彼女の顔は真っ赤だ。 しかも、だ。 それをごまかそうとするかのように彼女はカップの中身を一息に飲み干してしまう。 ひょっとしたら、キラがそうするとわかっていて彼は話題を振ったのだろうか。そうも考えるが、間違いなくそれは本音だろう。キラの手料理であれば自分だって食べたいのだ。 「……となると、問題はいかにして他の人たちからそれを守りきるか、ですね」 一番心配なのはカガリだろうか。レイは真顔でこう告げる。 本音を言えば、一番心配なのは別の人物だ。でも、それを口にすればキラを追いつめることになりかねない。だから我慢をする。 「あら。それならラクスも危ないわよ」 苦笑と共にフレイがこういった。 「あの子も結構甘いもの好きだし」 キラの手作りのお菓子の話をしたら、目の色が変わっていたもの……とフレイも笑う。 「……そうなのですか?」 「そういうものよ。女の子の大多数は甘い物が好きだと思うわ」 となると、アイシャも食べるのだろうか。でも、バルトフェルドのコーヒーは遠慮したい。 こんなたわいのない会話がキラの気持ちを少し和らげてくれたのだろう。 次第に彼女の肩から力が抜けていく。 それに比例するように薬が効き始めたのか。キラは何度も瞬きをし始めた。 「キラ」 そんな彼女の体をラウはさりげなく自分の隣へと移動させる。そんな言動をどこで学習してきたのだろうか。そういえば、もう一人の保護者も、そう言う点に関しては妙に手慣れている。 ムウのことをあれこれ言えないよな、とそんなことを考えているうちに、キラのまぶたが完全に閉じた。 「さて……どのような状況になっているのか」 キラの体を横にしようとしながら、ラウが片手で苦労している。慌てて、レイはそれを手伝い始めた。 |