出会いは、本当に偶然だった。
 母が友人だというナチュラルの研究者――遺伝子関係を専門にしていたそうだ――に会いに行くというのにイザークは付いてきた。
「……そういえば、貴方もここでコーディネイトされたのよね」
 ふっと思い出したようにエザリアはこう告げる。
「そうなのですか?」
 いくら優秀だと言われているイザークにしても、生まれる前のことまでは覚えていない。だから、母の言葉を信じるしかないのだ。
 だが、どうしてプラント本国ではなく、ここでだったのか。
 それが気になったとしてもおかしくはないだろう。
「そうよ。約束をしていたのですもの」
 自分の子供の一人は、必ず彼女にコーディネイトしてもらうと……とエザリアは微笑む。
「だから、貴方はここでコーディネイトされたの」
 ナチュラルはプラントに足を踏み入れることはむずかしいから。少し悲しげな表情でエザリアはこう付け加える。
「もっとも、現状ではしかたがないのでしょうね。どう考えても、ナチュラルには我慢できないものが多すぎますから」
 それでも、と彼女は微笑む。一人でも心の底から信じられる相手がいるうちは、まだ絶望するまでには行かないが……とも。
「そういうものなのですか?」
 自分はまだそんな風に思える相手がいない。だからと言って、母の言葉を疑っているわけではないのだ。
「いずれ、貴方にもそういう人間が見つかりますよ。どのような問題があろうとも、それを乗り越えて信頼したいと思える人物が」
 それがナチュラルなのかコーディネイターなのかまではわからないが……とエザリアは微笑む。
「そのような人物ができることは、間違いなく人間としての魅力を持っていると言うことですから」
 そのような関係は、決して一方的な感情では成立しない。その言葉には素直に頷けた。
「わかりました、母上。だから、俺はいろいろと学ばなければいけないのですね?」
 そして、こう問いかける。
「そうですよ。よくわかりましたね」
 やはりイザークは賢いですね……とエザリアは満足そうに口にした。
 母からほめてもらえたのは嬉しい。そう思ってイザークは口元に笑みを刻んだ。
「あぁ、迎えが来たようですね」
 息子の頭を軽く撫でてやってから、エザリアはゆっくりと歩き出す。イザークも歩調を合わせてくれている母の後を付いていく。
 だが、不意に母が走り出した。
「母上?」
 いったいどうしたのだろうか、とイザークは思う。
「ヴィア!」
 しかし、母の口から相手の名前が出たところでその理由が推測できた。おそらく、玄関にいるのが母の親友だという女性なのだろう。
「エザリア! そんなに慌てなくても私は逃げないわよ」
 軽やかな笑い声とともにこんな言葉がイザークの耳に届く。
「それに、いいの? 息子さん」
 目を丸くしているわよ、と言われて、エザリアは足を止めた。
「イザーク」
 そして、彼を手招きする。
「はい、母上」
 即座に駆け出すと、彼女の側へと急ぐ。
「急ぐと転びますよ」
 苦笑とともに母に言われて、イザークは少しだけだが自尊心を傷つけられてしまった。そんなことはしない、と思う。同時に、人前でそのようなことを言わなくてもいいではないか。そんな風にも思うのだ。
 それでも、母の言葉が間違っていたことはない。
 だから、素直に速度を落とす。
「聞き分けのいいこね。この年できちんと他人の言葉を受け入れられるのであれば、大きくなったら将来有望ね」
 ヴィアが優しい声でこう言っている。
「貴方がコーディネイトしてくれたからだろう」
 おかげで、手のかからないいいこになった……とエザリアは言葉を返した。
「何を言っているの。私たちにできることは、少しでも優れた才能を持った子供になれるようにすることだけ。その後のことは、育てている人の努力の結果だわ」
 そして、子供本人の……とヴィアは微笑みを深める。
「初めまして、イザーク君。ヴィア・ヒビキです。今日からしばらくの間、よろしくね」
 自分のような子供に対してもきちんとした態度で接してくれる彼女は、やはり母の言うようにすごい人なのかもしれない。イザークはそう判断をする。
「イザーク・ジュールです。よろしくお願いいたします」
 同時に、彼女にしてみれば《ジュール》という家名は何の意味も持っていないのだと理解できた。
 大切なのは《友人》としてのエザリアなのだ。
 そういう相手を見つけられた母が はやはりすごいのかもしれない。イザークは改めて母を尊敬し直す。同時に、母にそう思われるヴィアも、だ。
「そうそう。後で、家の子供達にもあってくれるかしら。上の三人とはあったことがあると思うけど、後二人増えたの」
 一人は自分の実の子供なのだ、とヴィアは口にする。だが、それがどこか悲しげに思えるのは錯覚なのだろうか。
「あぁ。確か女の子だと……貴方にそっくりなの、ヴィア」
「えぇ」
 それは彼の希望でもあったから……と口にした瞬間、彼女の表情からその悲しげな色は消えた。
「なら、すごく楽しみだわ」
 しかし、自分が気付いて母が気付かないと言うことがあるのだろうか。彼女がいないところで後で母に問いかけてみよう。イザークはそう思っていた。