そんなことがあっても、二人の関係が劇的に変わったわけではない。
 ただ淡々と時間が過ぎていく。
 それでも、キラは自分の体調にそれなりに気を付けるようになったようだ。
「それだけでも、進歩か」
 こう思いたいのだが、とレイは眉を寄せる。
 だが、とすぐに反論をする声もあることは否定できない。
 確かに、体調には気を付けるようになったが、その分、他のことに関しては注意が散漫になっている。
「それとも……そちらに注意を向けている余裕がないのか?」
 何かを感じ取っているのかもしれない、彼は。
 だから、焦っているのか。
「どちらにしても、こんな時間が長く続くとは思っていないがな」
 それでも、だ。
 二人だけの世界を壊したくないとも思う。
 ここは、予想以上に心地よいのだ。それにもう、キラを手放したくない、と考えてしまう自分がいることももう否定はできない。
 だが、キラを捜しているものもいることも事実だ。
 そんな連中から自分一人でキラを守れるか、というと『否』という答えが出てくる。レイはそこまで自分を過信できないのだ。
 何よりも、自分の体調の問題がある。
「……薬も、そろそろなくなるし、な」
 これを定期的に服用しなければ、いつどうなるかわからないのだ。
「だから、なのか?」
 キラが焦っているのは……とレイは呟く。
 そう言えば、彼はラウの素顔を見ているのだ。だとするなら、自分たちがどのような爆弾を抱えていたのかも知っているはず。
 そして、これだけ一緒に暮らしていれば、何かの拍子に手持ちの薬が少ないことに気づいたとしてもおかしくはないのかもしれない。
「……ともかく……誰かに協力を求めるしか、ないのか」
 自分たちだけではいつかは破綻をすることが見えている。
 ならば、せめて最悪の結果だけは避けたい……と考える。
 そうであれば、せめて、次善の策を取りたいと思うのは仕方はないことではないか、とも思う。
 そして、自分が頼れる相手は一人だけだ。
「勝手に決められて、キラには不本意かもしれないがな」
 だが、取り返しが着かないことになるくらいなら……とレイは唇をかみしめる。
「俺は、俺の名前を呼んでくれる人間を、もう失いたくない」
 一番いいのは、自分に縛り付けることだろう。
 だが、そのためれはどうすればいいのか。
 その方法もわからない自分が、レイは悔しかった。

「……おやおや」
 自宅でメールを確認していたギルバートは、ふっと口元をほころばせる。
「ようやく、連絡をしてきてくれたようだね」
 まぁ、そろそろだろうとは思っていたが……と彼は付け加えた。あの子に持たせた薬が切れる頃だろう、と言うことはわかっている。そして、それを作れるのは、現在自分だけだ。
 何よりも、レイが頼れるような存在は自分だけだ、という自負もある。
 そうなるように育てたのだ。
「さて……何を書いてきたのかな?」
 どこか楽しげな表情でメールを開く。
 それはメールを読み進めていくうちにさらに深まっていく。
「おやおや……初恋もまだだと思っていたのにね……」
 だが、と彼は小さなため息をついた。
「しかし、また厄介な相手に恋をしたものだ……それとも、彼の方にあの子達を引きつける《何か》がある、と言うことかな」
 ラウも、別の意味で彼に執着をしていたようだし、とギルバートは付け加える。
 それでも、だ。
「応援してやるべきだろうかな」
 養い子の初恋は……と口にしながらも、その表情は言葉とは微妙に異なっている。
「何よりも、彼を手元に置いておける口実になるだろうしね」
 むしろ、後者の方が自分にとっては重要だ、と言うことをギルバートは自覚をしていた。
 だが、それはレイの方も理解しているのではないか。それでも、自分とキラの身の安全を考えれば『仕方がない』と判断したのではないか。
 そうであるのならば、その信頼に応えるべきだろう、とも思う。自分にとっても、そうすることが有益になるだろと考えられるのだ。
「それにしても、情操教育が不十分だったとは……」
 きちんと教えたつもりだったが、まだまだ見落としていた部分があるらしい、と苦笑とともに呟く。
「……ところで、どこからレクチャーをすればいいものか」
 それを考えるのも楽しいね、と付け加えながら、ギルバートはきれいに整えられた爪先でキーボードを叩き始めた。
 同時に、自分はいつ行動を起こすべきか。それも考える。
「あの子の薬がなくなる前で、なおかつ、希望を叶えてから、かな?」
 それはそう遠くはないだろう。
 こう考えながら、ギルバートはメールを書き終えた。