目を開ければ、記憶にあったのとは違う天井が確認できる。
「……あれ?」
 どうして……とキラは呟く。
「貴方は……」
 その時だ。キラの耳にあきれたようなレイの声が届いた。
「自分の体調ぐらい、自分で管理できないのか」
 呼びに行ったら倒れでいたのだ、と彼は続ける。熱があったから、ここに連れてきたのだ、とも。
「そうなの?」
 確かに、ものすごくモニターが揺れて見えたのは事実だ。しかし、それはここ数日続いていたことでもある。しばらく目を閉じていれば治まると言うことも経験上わかっていた。
 だから、そうしたのだ。
 その後の記憶がない……と言うことは、そのまま意識を失ってしまったのだろう。
「……ごめん……」
 研究棟から居住棟までそれなりの距離がある。
 いくら自分が標準よりは軽いとはいえ、意識が失っている体をここまで運ぶのは大変だったのではないか。そのくらいはキラにもわかっている。
「放っておいてくれても、良かったのに」
 しばらく眠っていれば、きっと、治っただろう。キラはそう考えながら口にした。
「……俺が病人を放っておけるような人間だ、と思っていたのか?」
 怒りが滲んだ口調でレイが言い返してくる。
「僕は……多分、そのくらいじゃ死なないから……」
 いや『死ねない』と言った方が正しいのかもしれない。
 あんなに大きなケガでも、自分はこうして生き残ってしまった。そして、あの時も、だ。だから、多少の不調ぐらいでは死ねないだろう、と思う。
「俺が、いやなんだ」
 しかし、レイはきっぱりとこう言い返してくる。
「……どうして?」
 何故、彼はこう言ってくるのだろう。
 彼にとって、自分は《仇》なのではないか。
 だったら、放っておいてもいいだろうに……と思う。
「人として、当然だろう」
 それに、と彼は続ける。
「殺すなら、自分の手で殺す。勝手に死なれるのは気に入らない」
 その意味がわかるな、と彼は感情を抑えた声で告げた。それだからこそ、余計に彼の怒りが感じられるような気がする。
「……死なないよ、僕は……」
 そう。
 少なくとも、今手を付けていることを終わらせるまでは死なない、とキラは心の中で付け加える。
「それと……個人的に、一人で食事をするのも気に入らない」
 せめて、一日一度ぐらいは付き合え……と告げる彼の声が耳に届く。
「……気を付ける……」
 どこまで約束できるかわからないが……とキラは小さな声で呟いた。
「ともかく、今はねろ。まだ熱がある」
 話はそれからだ……といいながらレイはキラの額にそっと手を置いてくる。その手が冷たくて気持ちがいいとキラは思う。
「……ありがとう」
 この言葉とともに、キラは瞳を閉じた。

 しばらくして、キラの唇から穏やかな寝息が漏れだした。
「……やはり、どこかおかしいな……」
 キラの精神状態は……とレイは眉を寄せる。最初にあったときから自分のことはどうでもいいと思っていたようだが、最近、それがますますひどくなってきた。
 しかし、その原因を突き止めたくても、自分にはその方法がわからない。
「限界なのか、そろそろ」
 しかし、とも思う。
 ここを出れば、キラと二人だけでいられる時間は失われる。
 いや、それだけならまだしも、二度と会えない可能性もあるのではないか。
 どうしてそれがいやなのか、と言われるとわからない。それでも《キラ》は自分の側にいなければいけないのだ、とレイは考える。
 それに……とレイは心の中で呟く。
 キラが今している作業の内容を考えれば、うかつにここから引きはがすのはまずいのではないか。
「……ギルと違って、キラは専門家じゃないのにな」
 それなのに、この短期間であれだけの成果を上げるとは……とレイは付け加える。
 レイにしても専門的な知識があるわけではない。
 だが、自分の保護者達が真実を語るときに教えてくれた程度のことは覚えている。そして、その結論を出した後、ギルバートが解決方法を探すためにどれだけ苦労していたかも、だ。
 だから、ここに来てからの短期間――いや、実はもっと前から始めていたのかもしれないが――でキラがあそこまで進められたのは凄いとしか言いようがない。
「それも、あの男の妄執か?」
 自分たちを生み出したあの男の……とレイは心の中で付け加えた。
 それほどまでに、自分が作り上げた《作品》をこの世に残したいのか、とも思う。
「だったら、最初から失敗作を生み出すな」
 そうすれば、誰も苦しまずにすんだのだ……とレイは呟く。
 だが、どうしてキラはこんなことを始めたのだろうか。
 その理由がわからない。
 こう思いながら、そっとキラの髪に指を絡めた。