ここは、知識の宝庫だ。
 だが、それは全て、誰かの犠牲の積み重ねで作られたものだ、とキラは心の中で呟く。そして、その集大成である自分も、生まれながらに罪を負っている。
 事実を知らなければ、ここのデーターはまさしく宝物だろう。
 だが自分にはデーターを見るたびに誰かの悲鳴が聞こえてくるような気がしてならない。
 それでも、とキラは心の中で呟く。
 自分はこれらに全て目を通さなければいけない。
 どれだけ、自分の心が痛んでも、だ。
 自分のせいでこの世に生み出されて、しかも消えない烙印をされてしまった彼等のために、できることがあるはず。それを探すためには、どれだけ心が傷ついても、だ。
 それに、とキラは心の中で呟く。
 自分の感情を消してしまえば、そんな感情に煩わされなくてすむのではないか。
 実際、人々――自分の実の両親も含めて、だ――が自分に求めていたのは、コンピューターのように素早く情報を判断する能力と身体能力だけだ。そのどちらも戦うためには必要だが、普通に生きて行くには不要なものだろう。
 そして、この、以上に治りが早い体も、だ。
 しかし、これに関してはそれなりの理由があるらしい。
「……遺伝子治療……」
 壊れた機械を直すようには、人間はパーツを取り替えることは不可能だ。だが、それでも昔からそれを可能にしようと研究は続けられている。
 その中で一番大きな壁は遺伝子の型だとか。
 これがあるが故に、治療方法はあっても実行されなかったケースがあるらしい。
 自分の実父を含めた研究チームは《最高のコーディネイター》とともにそれに関する打開策も探っていたようだ。
 それについては、何も言わない。
 ただ、と小さなため息をつく。
「特別な遺伝子ね……」
 そんなものは必要なかった。
 いや、それを言うなら、自分は普通の存在で良かったのだ。特別になんかなりたくない。そうは思っても、今更どうすることもできないが。
「ともかく……テロメアの問題を何とかすればいいのだろうけど……」
 それに関しては、ぎりぎりまで彼等も悩んでいたらしい。
 そして、ある解決への道筋を見いだしたらしいのだ。だが、それを実証する前に彼等はその機会を永遠に奪われてしまった。
 しかし、今ならばできる。
 もっとも自分一人では不可能だ。
 だが、とキラは思う。
 同じ研究を、ブルーコスモスが今でも続けているらしい。
 そんな者達にこのデーターが渡ればどうなるのか。答えは一つしかないだろう。
 彼等と同じ存在がさらに増える。
 いや、連中のことだ。自分の複製を作ろうとするに決まっている、とキラは心の中で呟く。そんなことになれば、世界がまた混乱の渦に巻き込まれることは目に見えていた。
 それでも、と小さなため息をつく。
「もう一度、貴方を失うようなことはしたくない……」
 だから、データーだけは作っておこう。そして、それが完成したときに彼に選択をゆだねればいい。
 キラはそう考えていた。

 最近、キラの様子がおかしい。
 確かに、今まででも正常だったとは言い難い状況ではあった。だが、声をかければ食事もするし眠ってもくれたのだ。
 だが、最近はレイが強引にあの場所から連れ出さなければ食事もしないし眠りもしない。
「……いったい、どうしたんだ……」
 あるいは、この場所だからいけないのだろうか。
 ふっとそんなことを考える。
 ここは、自分だけではなくキラにとっても『始まりの場所』だ。
 二人とも、人間の《妄執》によって生まれた存在だと言っていい。
 ただ、自分たちの間には大きな違いがあった……とレイは心の中で呟く。
 キラは母親の命がけの行動で何も知らずに平穏に暮らすことができた。
 自分は、自分たちのデーターを見つけた人間によって戯れに誕生させられ、実験材料としていかされてきた。
 それでも、自分はもう一人の《自分》によって救い出され、彼の元でそれなりに幸せに暮らすことができた。だから、あの日まで過去のことはどうでも良かったと言っていい。
 しかし、キラは……あの日、ラウによっていきなり真実を突きつけられたのだ。それはすなわち、それまでの過去を彼に掘って破壊されたと言うことと同義だろう。
「どちらが幸せだったなんて、誰にもわからないよな」
 それでも、その事実で幸せを掴んだものもいる。
 ラウは、自分の願いを叶えたのだ。キラの心に『自分を刻みつける』というそれを。
 それがうらやましいとも忌々しいとも思う。
 キラが自分を《レイ》と認識している理由が『ラウではない』という点にあることに気づいてしまったからだ。
 だが、それでも同じ遺伝子を持っているから自分を『ラウと同じもの』と認識している彼と比べてどちらがマシなのだろうかと考えるのはどこかおかしいような気がしてならない。
「……俺は……ラウの付属物じゃないのに」
 こう呟く理由がどこにあるのか、レイはまだ気づいていなかった。