何気なくメールを確認していたラクスは、次の瞬間、目を丸くした。
「……キラ……」
 わずか数行の文章。
 その最後に記された名前は、間違いなく自分たちが探し求めていた相手のものだ。
 他の誰かがいたずらで……と思わなかったわけではない。
 自分がこのメールアドレスを使っている、と知っている人間は本当にごくわずかなのだ。いや、それ以前に、自分の居場所を知っている人間すら限られたものだけだと言っていい。
 それらをあわせれば、これは彼本人のものからだ、といえるのではないか。ラクスはそう判断を下した。
「キラ、貴方は……」
 本当に幸せなのですか、と小さな声で呟く。
 だが、文面からははっきりとは伝わってこない。
 それでも、彼がこんな風に書いてくるのであればそうなのではないか。いや、そう信じたい、とラクスは思う。
「連絡をくださっただけでも、進歩なのでしょうね」
 居所はもちろん、その生死すら自分たちは掴むことができなかったのだ。それは、キラが故意に行ったことだろう、ということもわかっている。
 もちろん、今でも自分の居場所は知られたくないらしい。
 それでも、生きていることを教えてくれる気にはなったようだ。それはきっと、彼の都合ではなく自分たちを安心させるためだろう、ということもわかっている。
「それにしても……ひょっとして、駆け落ち、だったのでしょうか」
 三度、目を通した後で、ラクスはこう呟く。『ずっと側にいてくれる人』という言葉が指している意味がそうなのか、と不意に思ったのだ。
「だとしたら……妬けますわね」
 キラに選ばれた相手が……とラクスは苦笑を浮かべる。それでも、キラが選んだのだ。きっと、自分たちにはない何かを持っている相手なのだろう、とラクスは思う。
 そして、自分にメールをくれたのは、きっと冷静に受け止めると判断してのことなのではないか。そうも思う。
「……信頼、だけでも十分だと思わなければいけないのでしょうね」
 そして、キラが本当に幸せであるのならば自分はかまわない。そうも付け加える。
「あの二人は、きっと違う感想を抱かれるでしょうけどね」
 さて、どのように彼等に告げるか。それはそれで難しい問題のように思えてならない。
「それに関しては、しっかりと文句を言わせて頂きますからね、キラ」
 その日が来ればいいのだが……と思いながら、ラクスはそっとメールを閉じた。

 ようやく、ギルバートの元に日常が戻ってきていた。
 目の前に積まれた書類の山には、さすがにうんざりとしてしまう。それでも、と彼はかすかな笑みを口元に刻んだ。
「無理をしただけのかいはあったからね」
 可愛い養い子は諦めていた未来を掴んだだけではなく、守るべき対象も手に入れた。
 そして、その存在は自分にとっても重要だと思える相手である。
 最初は自分の存在におびえていたキラも、ようやく自分に心を開いてくれるようになった。それは自分が側にいても警戒を見せない……という程度のものだが、今までの態度を考えれば、それで十分だろうと思う。
「さて……」
 意識を切り替えて仕事をするか……とギルバートは呟く。
 ほとんどのことは他の者達で処理できていたらしい。つまり、ギルバートの目の前にあるのは彼等では処理できなかった厄介な事例だと言っていいだろう。
 これらは早急に処理をしなければいけない。
 ということは、今日は帰宅は難しいと言うことか……とギルバートはため息をつく。
 だが、自分の今の地位があるからこそ、彼等を守れるのだ。
 それならば、この地位を守るためにそれ相応の努力はしなければならないだろう。そうも考える。
「……とはいうものの、これは、な」
 たまたま視線を落とした書類の内容に、ギルバートはかすかに眉を寄せた。
「これは……不本意だが本国を防衛できるシステムの開発を急がせなければいけないかな」
 その中にはMSも含まれていることを否定しない。
 ユニウス条約で各国が所有できるMSの数には制限があるが、その性能にはない。そして、パイロットの育成に関しても、だ。
「本当は、彼の手を借りられればいいのだが……」
 だが、それはまだ時期尚早だろう。
 キラの心の傷は、まだ癒えていない。
 いや、癒える日は来ないのかもしれないとも思う。
 だから、無理強いだけはしないようにしなければいけないだろう、と心の中で呟く。それに、軍に関係していないことであれば彼も手を貸してくれるだろうということはわかっていた。
 今はそれで十分だろう、とも考える。
「あちら次第だがね、全ては」
 情勢を知るために、それなりの情報は手に入れておかなければいけないだろう――彼等の言動も含めて、だ――と思う。それの手配もさせなければいけない。
 こう考えれば、体がいくつあっても足りないような気がする。
 それでも、充実をしていると思えるのも事実だ。
「ともかく、朝食ぐらいは一緒に取れるようにしないとな」
 それを目標に仕事を進めるか、とギルバートは意識を書類へと向けた。