案内をされなくても、以前、母の元へ足を運んでいた関係でここの構造は知っている。
 しかし、今の自分たちでは仕方がないのか……とイザークは思う。
「……何で俺まで……」
 自分の隣を歩いていたディアッカがこう呟く。
「俺がわかると思うか?」
 最初は自分だけのはずだったのだ。だが、連絡を取ってみれば『ディアッカも』ということになっていた。それはまるで、あの場での自分たちの会話を聞かれていたかのようではないか。そう思うのだ。
「わからないか」
 他人の気持ちがわかれば、諍いなんて起こらないかもしれないけどなぁ……ととんでもないことまでディアッカは口にしてくれる。
「っていうか……そこまで凄くなくても、大切な相手が失踪を決意する前に何とかできたんだろうな」
 その後に続けられた言葉には頷かずにはいられない。
「あいつらのことだ。構い過ぎたに決まっている!」
 しかも、だ。
 キラが一人になりたいときですら《好意》の押しつけで側にいたか、本人が何かをしようとしていたのを先回りしてしまったのではないか、と思う。
 それだけならばいい。
 キラが何かを言おうとしていたのに耳を貸さず、勝手に物事を進めていた可能性もあるだろう。
 それがキラが重荷に感じているとは考えていないに決まっている。
「……じゃ、お前、さ。キラが見つかっても連中に教えない気か?」
 ふっとディアッカがこう問いかけてきた。
「キラの意志次第だ」
 本人が彼等に知らせてもかまわない、と思うのであれば伝えるべきだろう。だが、そうでないのであれば、そうしたいと思うまで待ってやるべきではないか。そう思うのだ。
「まぁ、それに関しては俺も賛成だけどな」
 もっとも、キラの意志を確認できれば……だが、とディアッカが言い返してくる。それが一番難しいだろうが、とも。
「まぁ、議長の話がそれとは限らないからな」
 だから、それが終わってから考えるべきだろう。イザークはそう結論づけた。
「わかっていると思うが」
「へいへい。おとなしくしていますって」
 今回は、あくまでもお前のおまけだからな……とディアッカは言い返してくる。
「……そう言われたくないなら、それなりに努力するんだな」
「そうしたら、お前のフォローができなくなるから、現状でいいんじゃねぇ?」
 まぁ、偉くならない方がいいんだろうな、俺は……と彼は付け加えた。それは、前の大戦中に彼の取った行動について、いまだにあれこれ言うものがいるからだろうか。
「下らんな」
 そんな彼に向かって、イザークは一言こう言い返す。
「お前のフォローがなくても大丈夫だ、俺は」
「はいはい、わかっていますって」
 苦笑とともに言い返された言葉にイザークは黙って頷き返すだけでとどめた。

 ラクスは久々にマルキオと二人だけでお茶を楽しんでいた。
「……そうですか」
 彼から告げられた言葉に、彼女は静かに微笑む。
「あれは、マルキオ様の依頼で行われたものでしたのね」
 それならば、バルトフェルド達が懸命に行っているハッキングの犯人探しは中止してもらっていいのだろうか。そう思う。
「もっと早くお伝えすべきだったのでしょうが……ここしばらく、時間が取れませんでしたので」
「わかっておりますわ」
 何故かここしばらくマルキオの予定が立て込んでいたのだ。
 そして、そんな彼の活動があるからこそ、ここで暮らしている子供達は取りあえず何不自由なく過ごせる。その中に自分も含まれている以上、彼の行動を批判することはできない。
「それにしても……マルキオ様が動かれなければならないような状況だったのですね」
 それ以上に、ラクスにはこちらの方が気にかかった。
「そういうわけではありませんが……」
 それにマルキオは穏やかな微笑みを浮かべつつ言葉を口にし始める。
「ただ、私が出向くことで、全てが丸く収まるのでしたらこの忙しさも苦ではない、ということですよ」
 それが彼等のためになるのであろうし、と言いながら、マルキオは外に向かって顔を向ける。その瞳には、外で元気に遊んでいる子供達の姿は映らない。それでも、彼には見えているのではないか、とそう思えるのだ。
「本当でしたら……私もお手伝いできればよろしいのですが……」
 だが、自分が表舞台に出れば、世界に混乱を招くのではないか。そう考えれば、うかつに動くことができないのだ。
 キラも同じように考えていたことをラクスは覚えている。だから、彼に表舞台に立つように促していたカガリの言動を危惧していたことも事実だ。
 彼が自分たちの目の前から姿を消した一因に、それがあるのではないか。そんなことも考えてしまうのだ。
 しかし、あの二人にそれを告げても理解してもらえないだろう。彼等は、まっすぐに前だけを向いて駆け抜けていくタイプの人間なのだ。それで間違えたら、そこからまたやり直そうと考える。
 それが悪い、とは言わない。
 だが、そうできない人間もいると理解して欲しいだけなのだ。でなければ、キラが戻ってきたとしても同じ事を繰り返すだけだろう。そうも考える。
「そのお気持ちだけで十分ですよ」
 ラクスの耳にマルキオの言葉が届く。
「ラクスさまにも、ゆっくりとお心を休める時間が必要でしょう。それに……」
「それに?」
「またいずれ……ラクスさまのお力を借りなければならない日が来るかもしれません」
 そのような日が来ないことを祈るのだが……と彼は続ける。
「あの戦いで傷ついた方々が、ゆっくりと傷をいやせる時間を確保することが、私の役目ですしね」
 彼もそうであって欲しい。
 たとえ自分たちの側にいてくれなくても、キラが今、幸せでいてくれるなら、それでいいのだ。それだけが、ラクスの願いだった。