「……これは、見られてしまったのかな?」
イザークからの返答を確認した後で、ギルバートはこう呟く。
「それならば、それで仕方があるまい。彼等に会うかどうかは、キラ君の判断次第だろうしね」
だが、自分として這わないわけにはいかない。そもそも彼に会うことにしたのは別の理由からなのだし、とギルバートは心の中で付け加えた。
「まぁ、それに関しては何とかなるだろう」
それよりも、と考えながらギルバートはいすごと体の向きを変える。そうすれば、視線の先にレイとキラの姿が確認できた。
「おやおや」
次の瞬間、ふわりと優しい笑みが口元に浮かぶ。
「今度は何をして怒られているのかな、キラ君は」
レイの言葉にうなだれている様子から判断してそう言うことなのだろう。
それにしても、レイも変わったものだ、と思う。
昔の彼であれば、自分に関係ないことはまったく無視をしていたはずだ。だが、キラに関してはこまめに気にかけているではないか。そうも思う。
「あぁ……キラ君のことは、関係なくなかったね、レイの場合」
むしろ、今最大の関心事だった、とギルバートは笑う。
「キラ君の方も、取りあえずあの子の言葉は受け入れているようだし」
ただ、やはり出生の問題と、戦時中の経験が彼の意識を縛り上げている。既に自分が《レイ》という存在を受け入れている、ということに気づけないほどに、だ。
「どちらにしても……時間の問題だとは思うがね」
ともかく、彼の人格を無視して利用しようなどと考える段階はとうにすぎてしまった。いや、そうするのでれば、まずはあの少年の意志を奪っておかなければならなかったのではないか。
「結局は、私も彼という人間に興味があった、ということだろうね」
彼がどのような性格の人間でどのような考え方をしているのか、それを自分も知りたかったのだ、と改めて思う。
そして、その結果がどうだったのか。
今の状況から言わなくてもわかってしまうだろう。
「……さて……あの二人のことは取りあえず大丈夫かな」
少なくとも、心配していた副作用は現れる気配がない。あるいは、キラの遺伝子自体がどのような相手とも適合するように計算されて組み立てられているのか。それに関しては現在解析中だ。
しかし、それはあまり喜べない、ということでもある。
彼の遺伝子だけを目的にするものもあらわねかねない、と言うことでもあろう、と思う。
もっとも、現状で彼を拉致するには、それこそ大規模なテロかMSでも持ち出してこなければ不可能だと言っていい。何よりも、自分がそのデーターを他人に渡すつもりがないのだから、知られるはずがない。
だから大丈夫だろう。
そうなれば、残っているのはプラント以外の二国との関係だ。
「そろそろ、本業に戻らなければいけないだろうね」
不本意だが……とギルバートはため息をつく。
だが、それも大切なものを守るためである以上、仕方がない。
「そのための力だからな。失わないように努力をしなくては」
でなければ意味がないだろう。こう呟くと、ギルバートは静かに笑った。
「……キラ……眠いならベッドに行け、といつも言っているだろう」
レイはもう何度目になるかわからない言葉を口にしている。
「だって……」
困っているように視線を彷徨わせながらキラが口を開く。
「ここはお日様が当たって、気持ちいいから」
この言葉に、レイは思わずあきれてしまう。小さな子供でも言わないようなセリフではないか。そう思ったのだ。
「……それに、ここなら……廊下を歩く人の気配も、たまにだけど伝わってくるし……」
それを感じていれば安心できるから……とキラは付け加える。
つまり、人はこわいが、一人はもっとこわい……ということか。レイはそう判断をした。
「だったら、俺に声をかければいいだろうが」
今なら、いつでも側にいてやれるだろう……とレイは口にする。そのまま、キラの隣に腰を下ろした。
「それに、こうしていれば温かいだろうが」
ぐいっとキラの体を自分の方へと引き寄せる。
「レイ?」
「眠いなら眠ればいい。俺が本を読み終わるまでは付き合ってもかまわないからな」
その間であれば、キラも体調を崩さなくてすむだろう、とレイは付け加えた。
「でも……重いよ」
「別に。いつものことだ」
夜は……と付け加えれば、キラ頬に朱が散る。
「……それに」
さて、これは伝えていいものかどうか。そう思ってレイは次の言葉を飲み込んだ。
「それに?」
だが、キラの方は気にかかるらしい。次の言葉を促してくる。
「好きな相手の重みなら……いつでも感じていたいものじゃないのか?」
でなければぬくもりを、とレイは口にしながら視線をそらす。さすがに、何か気恥ずかしいものを感じてしまったのだ。
「……そう、なのかな」
だが、キラは自分の言葉から別の意味を感じ取ったのか。それとも、何かを感じているのか。キラはこう呟く。
「嫌いな人間のぬくもりなんて、気持ち悪いだけだ」
少なくとも、自分を実験材料としか考えていなかった連中の手から伝わってきたぬくもりを感じるくらいなら一人でいた方がいい。そう考えていたことも事実。
そんな自分にぬくもりの優しさを教えてくれたのはギルバートだった。もっとも、彼は忙しいから、自分から求めてはいけないのだと考えていた。
だから、自分からぬくもりを感じたいと思ったのはキラが初めてだと言っていい。
「キラのぬくもりは心地いいな」
だから、こう呟くと、瞳を閉じる。そんな自分に、キラは黙って寄り添っていてくれた。
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