「……なんだ、この物々しい警備は」
 周囲の様子に、イザークは思わず眉を寄せる。
「議長が、この先の展望室をおつかいなんだそうだ」
 そのせいだろう、と言い返してきたのはディアッカだ。相変わらず、こういうことに関してはそつがない、と別の意味で感心してしまう。
 だが、とイザークは眉を寄せた。
「ずいぶんと大がかりだな。俺たちがいない間に、何かあったのか?」
 それも、ギルバートの身を脅かすような出来事が……とイザークは心の中で呟く。そうであるならば、これだけの警戒も理解できる、と思う。
「まぁ、俺たちには関係ないことだろうがな」
 自分たちの任務は宇宙で不埒な連中がいないかどうかを見回ることで、議長の身近でその身柄を守ることではない。ディアッカはそう告げる。
「……そうだな」
 命じられればそうしないわけではない。
 だが、今は……と考えて頷く。
「それにしても、展望室とはね。デートでもしているのか?」
 不意にディアッカがこんなセリフを漏らす。
「ディアッカ! 貴様、何を……」
「別段かまわないだろう? 議長だって、そろそろこどもを持ってもおかしくはない年齢だ。女性ならともかく、議長は男だろうが」
 たとえ子供ができたとしても支障がない……ととんでもないセリフまで彼は口にしてくれる。
「そうかもしれないがな、ディアッカ!」
 本当にこの男は、とイザークはあきれてしまう。こういう相手は、一度本気でへこましてやらなければダメなのではないか、とも考える。
「だから、ふられるんだろうが!」
 ナチュラルの女でなくても、その物言いでは……と言うセリフはイザークが考えていた以上の衝撃を相手に与えたらしい。
「……ふられたんじゃねぇ……」
 タイミングが悪くて、相手の機嫌を損ねてしまっただけだ……と呆然とした表情のままディアッカは呟く。だから、連絡を入れても無視されているだけで、機嫌が直れば……というのは、自分に言い聞かせるためのセリフだろうか。
「そう言うことにしておいてやろう」
 任務中では決してこのような会話はできないが、休暇中ならかまわないはずだ。
「イザーク、お前なぁ……」
「事実だろうが」
 きっぱりと言い切れば、ディアッカは本気で嫌そうな表情を作る。
「本当のことを言われると傷つくことがあるって、知らないのか、お前は」
 そしてこう言い返してきた。
「知らんな」
 それで傷つくなら、自分が弱いだけだろう。そう言い返す。
「……お前ね……俺やハーネンフースはそういうお前の物言いになれているからいいぞ。でも、そうでない連中は、お前に疎まれているんじゃないのか、って、マジで心配していたな」
 単に言葉に不自由なだけだ、と言っておいたけどな……と言い返してくるのは、さっきの仕返しだろうか。
「……一応、忠告として受け取っておく」
 だが、そう思われているというのであれば、それは仕方がない。そう判断をしてこう口にする。
「そうしてくれ。そうなれば、俺の苦労は間違いなく減る」
 もっとも、この言葉だけは今ひとつ納得ができなかったが。

 キラはただ、目の前の光景を見つめている。
 その静かとも言える表情の下で、いったい何を考えているのだろうか。
 それが知りたい……とレイは思う。
「レイ」
 不意にギルバートの声が彼の耳に届く。
「そんなに見つめていては、彼の顔に穴が開いてしまうかもしれないよ」
 もちろん、実際にそのようなことがあるわけがない。それは彼もわかっているはずだ。単にからかわれているだけだ、と言うこともわかっている。
「……ギル……」
 そんな彼に、少しだけ恨めしそうな視線を向ければ、楽しげな表情を浮かべているのがわかった。
「そんなに見つめていなくても、キラ君は逃げないよ」
 違うかね? という言葉に、レイはすぐに頷けない。
 キラの心が完全に自分だけのものになっているとは言い切れないのだ。まだ、あの地に――いくらかとはいえ――彼の心は残っている。それがもどかしい、とは思うが仕方がないことだ、ともわかっている。
「……単に、俺がキラを見ていたいだけです」
 だから、取りあえずこう言い返すだけでとどめた。
「若いね、君も……そして、彼も」
 その言葉をどう受け止めたのだろう。ギルバートはこう呟く。
「だが、そろそろ気温が下がってくる時間だ。レイ」
 君はもちろん、キラもまだちょっとしたことで体調を崩しやすいから帰ろうと言っておいで……と彼はレイの背中を押す。
「はい」
 これに関してはレイにも異存はない。だから、素直に頷く。そしてそのまま歩き出した。
「キラ」
 それでも呼びかける声が控えめになってしまうのは、少しでもキラを刺激したくない……と思ってしまうからかもしれない。
 だが、それでもレイの声はしっかりと彼の耳に届いたようだ。すぐに視線を向けてくる。
「寒くなる。家に帰ろう」
 体調を崩す前に……とレイは微笑みかけた。その言葉に、キラは小首をかしげる。
「……帰る……」
「そう、帰るんだ? あそこが、今は俺たちの家だ」
 こう言って、レイはキラに向かって手を差し出す。何かを悩むような表情を作りながらも、キラはしっかりとレイの手に自分のそれを重ねてきた。