レイの影に隠れるようにしながら、キラは外の様子を眺める。
 外を行き交う人々はみな、現在の平和に安堵しているようだ。
「……ギル……」
 その時だ。レイが不意に口を開く。
「何かな?」
 軽い口調でギルバートが言葉を返している。
「いったい、どこに連れて行こう……と考えておられるのですか? この先には、宇宙港しかなかった、と思いますが」
「そして、外を臨める展望室もある」
 レイの言葉にギルバートはこう続けた。
「展望室?」
「そうだよ、キラ君」
 全てのプラントをその目で確認することはできなくても、アプリリウスのプラント群は確認できる、とギルバートは微笑む。
「君は、戦時中の光景しか見たことがないだろう? だからね。平和な今の状況を見て欲しい、と思ったのだよ」
「地球にも美しい光景はあるだろうね」
 だが、とギルバートは言葉を続ける。
「私は、プラントが人の手で作り出されたもっとも美しい建造物だと思っているのだよ」
 だから、キラにもそれを見て欲しいのだ、と彼は微笑んだ。
「……展望室なら、人が来るのではありませんか?」
 キラにとって他人の気配はマイナスなのではないか……とレイが不安そうに口にする。
「特権、と言うものはこう言うときに使うべきではないかね」
 くすり、と笑いながらギルバートはとんでもないセリフを口にしてくれた。
「……ギル?」
 いったい何を……とさすがのレイも絶句しているようだ。
「たまにはね。こんな無理を言うのもいいだろう?」
 可愛いものだ、と本人だけが平然としている。
 カガリは、そんな無理を言うことができなかった。不意にキラはそんなことを思い出した。
 それはきっと、地盤の違いだろう。
 自分自身の力でその地位を獲得したのか、それとも周囲の思惑によって祭り上げられたのか。
 もちろん、カガリの今のあり方が悪いというわけではない。  彼女が努力をしてその地位を確固たるものにしてくれればいいのだ。きっと、それに関してはアスラン達が手助けをしてくれるだろう。
 しかし、そこに自分の存在は必要がない。
 むしろ、自分の存在は彼女たちにとって足かせになりかねないのではないか。あの時はそう考えていたのだ。
 ならば、彼等にとっての《自分》はどうなのだろう。
 キラはそう考え始める。
「キラ……また、何かくだらないことを考えているな」
 しかし、それも長くは続かない。レイがキラの思考を遮るかのようにこう言ってきたのだ。
「……レイ」
「キラを守るくらいの力は、俺にもある。第一、キラをここに連れてきたのは俺だ。迷惑だったら……最初から連れてこない」
 それに、と彼はまっすぐにキラの瞳をのぞき込んでくる。
「俺の未来はキラがくれた物だ。それだけでも、十分な理由になるだろう?」
 だから……と言われて、キラは思わず視線をそらしてしまう。
「それに、私もレイも、君の存在を負担に思ってはいない。家の者達はむしろ、君の存在をありがたいと思っているようだしね」
 だから、それに関して思い悩む必要はないのだ、とギルバートもレイの後に続ける。
「あぁ。着いたようだね」
 不意に車が動きを止めた。
「……ギル、やりすぎです」
 先に車外に滑り出たレイが、周囲を見回したながらこう言ってくる。
 それはどうしてなのか。
 訳がわからないままキラも後に続く。その瞬間、彼はレイがどうしてこう言ったのかがわかってしまう。
 もちろん、キラから見えるのは車が今進んできた入り口だけだ。だが、そこにはしっかりと警備のものの姿が確認できる。同じように、ここの全ての入り口には警備のものがいるのだろうと簡単に推測ができた。
「私はただ、久々にここからの展望を見たいと言っただけだよ。それでこの状況を作り出したのは彼等だ」
 自分は特別の指示をしていないよ……とギルバートはしれっとした口調で告げる。
「……ご自分の立場を考えてください」
 あきれたように呟かれたレイの言葉に、キラも同意だ。
「あぁ、こちらだよ」
 だが、それを口にする前にギルバートの方が行動を起こす。
 タイミングをいっしてしまった以上、下手に口を開くこともできない。そう思って、キラは促されるままに歩き出した。当然、レイもその後を付いてくる。
 ゆったりとしたスロープを上っていけば、やがて周囲が一面ガラス張りという場所にたどり着く。そこからは、宇宙空間が間近に見えた。
 しかし、地球上から見上げるのとは違って、星々は瞬くことはない。
 その代わりに、整然と並んだ砂時計によく似た形の建造物が見える。
「我々はここで生まれ、ここで生きていく。中には、地球の重力すら知らずに死んでいく者達もいるのだろうね」
 それがいいことなのか悪いことなのか。それは自分にもわからない、とギルバートは続ける。
「だが、この世界を失うわけにもいかない」
 地球だけでは、既にここまでふくれあがった人口を受け入れることが不可能だから……という言葉にキラは静かに頷く。
 それでも、自分たちにとってが大切な場所なのだ。
「それと同じ事だよ。いずれは、君の兄弟達もこの世に誕生する日が来るかもしれない。それは……我々にとって大きな福音となる」
 彼が口にしているのは、プラントで行われている《婚姻統制》のことなのだろうか。
「そうすれば、君だけが《特別》ではなくなるだろうね」
 もっとも、そのためにはまだまだ乗り越えていかなければいけないことも多いが……と付け加えるギルバートの言葉を、キラは黙って聞いている。
 自分を今取り巻いている空気はとても優しい。
 このまま、ここに自分はいていいのだろうか。
 キラは目の前の光景を見つめながら、そんなことを考えていた。