「屋敷の外に出てみるかね?」
不意にギルバートがこんなセリフを口にしてくる。
「ギル!」
まったく予想はしていなかったこのセリフに、レイは思わず彼の顔を見つめてしまう。
「……どうして……」
それ以上に驚いているのはキラだったらしい。目を丸くして凍り付いている。
「いい加減、家の中だけにいるわけにはいかないのではないかな?」
それに、とギルバートは続けた。
「プラントがどのようなところか、キラ君にも見て欲しい、と思うのだよ、私は」
何事も、実際にその目で確かめてみなけれなわからないこともたくさんあるだろう? という言葉の裏に隠された意味にレイは気づく。
キラを知らない頃は、一方的に彼を憎んでいた。
会ったら殺してやろうか、と考えていたことも事実。
だが、今はどうか。
憎いという気持ちが全くなくなったわけではない。
だが、今は愛おしいと思う気持ちの方が強いのだ。
もう失えない……とも思う。
「それとも、何かこわいことでもあるのかね?」
家から出る、ということに関して……とギルバートはキラに問いかける。
「ここで君のことを知っているのは私たちと……あぁ、歌姫と一緒に戦った者達か。だが、彼等は今、ほとんどが宇宙だよ。そうでなくても、軍の施設内だね」
だから、街中で会う可能性は少ない……とギルバートは微笑む。
「それに、今回は車の中からだけの見学でもいいだろう。それならば、人混みに入る心配もない」
もっとも、キラが行きたい場所があるというのであれば話は別だが。その言葉にはレイも同意だ。
「……プラントで、行きたい場所……」
小首をかしげるようにキラは考え込む。
「どこか、あるのか?」
その仕草は、キラが何かを悩むときにすることが多い。それがわかったのもキラと一緒に過ごすようになってからだ。
「……あると言えばあるけど……」
でも、それが許されることなのかどうか、わからない……とキラはうつむく。
「それこそ、キラが話してみないとわからないだろう?」
自分たちが聞いて『ダメだ』と思うようなことならともかく、キラだけがそう考えているという可能性もある、とレイは言い返す。
「そうだね。君は……思いこみが少々強いようだしね」
だから、必要がないことでも悩んでしまうのではないか……とギルバートも頷く。
「……ですが、僕は……」
ザフトとプラントに弓を引いた人間だ、とキラは呟くように口にした。
「戦争を起こした人間や、それによって利益を得た者達ならばともかく、自分の信念の元に戦った者達まで罪に問うのは違うのではないかな?」
その結果、生き残ることができたのであれば、それは賞賛に値するものではないだろうか。もちろん、不幸にして罪に問われたものもいるが……とギルバートは続ける。
「実際、ザフトの中でもディアッカ・エルスマンのように、罪を不問にされ、現場に復帰したものもいるしね」
もっとも彼の場合、自分自身のけじめだ、と言ってそれまで身に纏っていた《紅》ではなく、一般兵と同じ《緑》の軍服を着ているそうだが。だが、それはキラに伝えなくてもいいだろう、とレイは思う。
「だから、君も気にしなくていい。それに、君達のおかげで戦争が終わったことも事実だからね」
それに、とギルバートは笑う。
「私は最高評議会議長だよ。その私が『かまわない』と言っているのだがね」
それはプラントの見解だと思ってくれていいのではないか……と彼は続ける。
「俺もそう思う」
ギルバートがそう言っているのなら、逆らえる人間はいないのではないか。レイもそう考えていた。
「生きている人は、そうかもしれないけど……死んでしまった人の心まではわからないから」
それはそうかもしれない。
自分だって、ラウからのメールがなければ、今でも彼の真意を知らないままだったろう。
しかし、とレイは心の中で付け加える。
死んでしまえば全てから解放されるのではないか。そんな相手の気持ちを察する……というのは、生きている人間の勝手な気持ちではないかとも思うのだ。
だが、それをどう説明すればキラは納得をするのだろう。そうも考える。
「ともかく、どこに行きたいのかを教えてくれ。それから考えてもかまわないのではないか?」
キラの心の内を知りたい。そう思ってレイはこう告げた。でなければ、自分にしてもギルバートにしても、何もできないだろうとも付け加える。
「それともキラは……俺たちでは頼りにならないと考えているのか?」
さらにこう付け加える。そうすれば、キラは慌てて首を横に振って見せた。
「なら、教えてくれると嬉しいね」
ギルバートがこう言って微笑んだ。
その微笑みが、何故かレイにはしゃくに障る。
いつもと同じそれなのだが、キラに向けられたというだけで気に入らないのだ。それは《嫉妬》なのだろうか。それとも別の感情からなのか、と考える。もちろん、それに対する答えは出てこないと言うこともわかっているのだが。
「……でも……」
だが、キラの言葉があっさりとレイの意識を引き戻す。
「僕は……」
言葉を探そうとしているのか。キラは視線を彷徨わせている。
「……まぁ、今日は無理にそこに行かなくてもいいだろう。ただ、私には付き合ってもらえると嬉しいね」
それにしてもどうしたのだろう、とレイは思う。今日のギルバートは妙に強引だ、と感じるのだ。普段の彼であれば、キラを追いつめないように引き下がっているはずなのに。
あるいは、彼に何か考えがあるのかもしれない。
キラもそれを察したのだろう。
「……車の中で、レイ……も、一緒に来てくれるのでしたら」
彼はこう口にする。
「それで十分だよ」
自分に対する呼称が微妙に変化したことに気づいたのだろう。ギルバートは柔らかな笑みとともに頷いて見せた。
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