久々に最高評議会ビルにある自分の執務室へと足を運んだギルバートは、周囲の様子に思わず眉を寄せる。執務室の周囲にいるはずの護衛の姿がないのだ。
「何かあったのかね」
何よりも気にかかるのは、この静けさだ。
「……ひょっとしたら、おびき出されたのかな、私は」
レイにあのようなセリフを言ったのに、失敗したね……とギルバートは呟く。
それでも彼はまっすぐに執務机へと歩み寄っていった。ここで下手に騒ぎ立てたり逃げ出したりするよりもその方がいいと判断をしたのだ。
いすに座ったところで、小さなため息をつく。
「さて」
どうするか。
どこに誰が潜んでいるのかわからない。そして、その目的も、だ。
「……取りあえず、連絡を入れるか」
誰かを寄越してもらって、そして周囲の確認をしてもらわなければいけない。
「これは……夕食までに帰れるかな」
彼等と約束をしたのだが……とつけくわえながら端末に手を伸ばす。
その時だ。
後頭部に銃口らしきものが押しつけられる。
「さすがは最高評議会議長殿だな。あの連中とは違う」
そして、低い声が耳に届いた。
「……何かご用ですかな? ずいぶんと物騒な訪問のようだが」
苦笑とともにこう言い返す。同時に、伸ばした手の行く先をさりげなく変更をした。
「確認に来ただけだ」
「……確認? 何の、でしょうね」
そして、そのまま非常用のスイッチをさりげなく押そうとした。
「そこまで、だ」
だが、その動きの意図は既に悟られていたらしい。言葉とともに背後から伸びてきた手がギルバートの動きを止める。
「今のところ、お前に危害を加えるつもりはない。そのような依頼も来ていないしな」
あくまでも、ここにいるのは自分の好奇心からだ……と声が続く。
「好奇心、ね。それでここに来られては、警備の者達が自信を喪失するだろう」
できれば、正当な手段を踏んで頂きたかったね……とギルバートは言い返す。
「無駄だな」
だが、相手は平然とこう言い返してきた。
「俺と同等の運動能力を持っているとすれば……キラだけだからな」
この言葉を耳にした瞬間、ギルバートは思わず目をすがめる。
何故、この侵入者が《キラ》の名前を知っているのだろうか。そして、彼と同等の運動能力とは……と思う。
「……君も、メンデルで生まれたのかね」
出てくる結論は一つしかない。そう思って、こう問いかける。
「そんなことは、どうでもいいのではないか?」
少なくともギルバートには……と彼は続けた。
「……そうであるのであれば、取りあえずはかまわない。だが、もう一つの可能性であれば……それなりの対処がいる。そう言うことだよ」
言外に、レイのことを示唆しながら相手の出方を探る。
「……なるほど……キラはお前の所にいるのか」
そして、協力をしているのだな……と相手はこんな呟きを漏らす。
「ならば、取りあえずは安心か」
勝手に結論を出したらしい。こう言うと、後頭部に押し当てられていたはずの銃の感触が消えた。
まだ彼は銃口を構えているのかもしれない。
だが視線を向ける程度はかまわないのではないか。
そう考えてゆっくりと振り向く。そうすれば、闇を纏った中で唯一色彩を持っている瞳が確認できた。それは、キラの瞳の色とよく似ている。
「取りあえず、名前を聞かせてくれないかね?」
偶然だろうか。そう思いながら、ギルバートは問いかけの言葉を口にした。
「俺の名前など、どうでもいいだろうが」
「……君の力量だからね。今後、仕事を依頼しないとは限らないだろう?」
どうやら、ザフトの者達よりも有能なようだ……とギルバートは笑みを浮かべながら付け加える。
「あんな連中と比べないで欲しいものだな」
唇の端を持ち上げながら、相手はこういった。
「取りあえず……ギルドを通した依頼なら考えなくもない」
もっとも、先約の利害とぶつからない限りは、だが……と彼は続ける。
「それで十分だろうね」
利害がぶつかるというのであれば、それは最悪の事態だと言うことだ……とギルバートは考えていた。
「君に依頼をするのは、おそらく最後の手段になるだろう。《彼》を守るための」
と付け加えれば、相手は意味ありげに笑う。
「その言葉をどこまで信用しても言いものかは悩むがな」
取りあえずは信用しておこう……と口にする。
「それはありがたいね」
ギルバートは即座に言葉を返す。
「……カナードだ。カナード・パルス」
俺の名前は、と口にしながら彼――カナードは自分から離れていく。
「おやおや」
奇遇だな、とギルバートは心の中で呟きながら、相手の動きを見送る。まさか、探していた相手が自分からやってくるとは思わなかったのだ。
「あぁ、言っておくが」
出口付近にまで進んだところで、カナードが不意に足を止める。
「追撃をさせても無駄だぞ」
おってくる者は遠慮なく叩きつぶす……と彼は口にした。
「わかっているよ」
その必要はあるまい……と返すギルバートとの言葉を信頼したのだろうか。それとも別の理由か。それはわからないが、彼はそのまま部屋から出て行く。
「さて」
その背中が見えなくなったところで、ギルバートはゆっくりと言葉を口にし始める。
「彼についての情報収集は、どうさせるものかね」
続けさせるか、それとも……と悩む。だが、取りあえず危険はないだろう……と結論を出す。
そんな彼の耳に、こちらに近づいてくる複数の足音が届いた。
|
|