完全にウィルスや雑菌をシャットアウトする必要があったために、治療の間いた部屋には窓はなかった。だから、こうして日の光を浴びるのは久しぶりかもしれない、と思う。
「キラ……寝るならせめて毛布を掛けろ」
日の当たる場所に置かれたソファーに横になっていれば、言葉とともにレイがブランケットを掛けてくれる。
それに対してお礼を言わなければ……と思うのだが、体の方は既に眠りの中に落ちていたらしい。声を出すこともできなかった。
「何だ? もう眠っているのか」
仕方がないな……と笑いながら、レイがキラの頭側に移動してくる。そしてソファーの肘掛け部分に腰を下ろした。
「ここだからいいようなものの、少し無防備だぞ」
こう言いながら、彼はそっとキラの髪に指を絡めてくる。そのまま静かになで始めた。
その指の感触が心地よい。
そう言えば、昔から誰かに頭をなでられることは好きだったかもしれない、とキラは心の中で呟く。
だが、最近、そんな行為をしてくれる人がいなかっただけか。
アスランですら、自分にこんな風に触れてくれることはなくなっていたっけ、とキラは心の中で付け加える。
レイ以外でそんな行動を取ってくれたのは誰だったろうか。
確実に思い出せるのは、ともに戦ったあの人だけだ。しかし、その彼も、既にこの世にはいない。
それも少し寂しいのかもしれない、とキラは思う。
自分に関わった人たちは、みんな、自分を置いていくような気がしてならないのだ。
だから、とキラは心の中で言葉をつづろうとする。
「おやおや」
その時だ。キラの耳にどこか楽しげなギルバートの声が届く。
「仲の良いことだね」
ゆっくりと近づいてくる声に、レイが苦笑を漏らすのが聞こえた。
「仲が良いも……気が付いたらもう眠っていましたよ、キラは」
「だが、君が側に行っても起きなかっただろう? 私では、まだ、完全に気を許してもらえていないようだね」
かすかだが、キラの体がこわばっている……とギルバートは指摘をする。そんなこと、自分でも気づいていないのに……とキラは心の中で呟いた。
「……俺の方が、キラと一緒にいる時間が長かったから、ではないですか?」
だから、安心しているだけなのではないか、とレイは口にする。
そうなのだろうか……とキラは思う。
だが、すぐにその思考は霧散してしまった。
「私には違うように見えるがね」
くすくすとギルバートが笑う。
「だと、嬉しいのですが」
レイのこの言葉を最後に、キラの意識は完全に眠りの中に落ちてしまった。
「起こしましょうか?」
キラの髪をそっとなで続けながら、レイはギルバートにこう問いかける。
「いや、かまわないよ」
そうすれば、彼は静かに首を横に振って見せた。その時、レイは彼が私服ではなく評議会議長としての服を身に纏っていることに気づく。
「……評議会の方に?」
「あぁ。まだ休暇中のはずだったのだがね。どうやら、私が出向かなければいけないらしい」
まぁ、これも仕方がないことだ……とギルバートは微笑みに苦いものを混ぜた。
「夕食までには戻ってくるつもりだからね。キラ君にもそう伝えておいてくれないかな?」
一緒に食事を取ろう、と彼は続ける。
「わかりました。では、その予定でいます」
そう言えば、彼と食事をするのも久しぶりだな……と思いながら、レイは頷いた。
「それを楽しみに、厄介ごとを片づけてくることにしようかね」
こう告げると、ギルバートはきびすを返す。
「ギル」
その彼乗せに、レイは思わず声をかけていた。
「何かな?」
足を止めて、彼はこう問いかけてくる。
「……俺に、何か手伝えることはありませんか?」
隊長の方はかなりいい。今のところ、治療の副作用も出ていないから、何ができることがあれば……と思ったのだ。
「何。書類上のつまらない表記を大西洋連合がつっこんできただけだからね。心配はいらない」
それよりも、今しばらくゆっくりしていなさい……と彼は言葉を返してきた。
「……ギル……」
それでは、自分がここにいる理由がないのではないか……とレイは思ってしまう。彼がそのようなことを言うわけがない、とわかっているのに、だ。
「今は私のことよりも、キラ君のことを優先しなさい」
そんなレイの耳に、意味ありげなギルバートの声が届く。
「ギル?」
いったい、とレイは問いかけてしまう。
「……あの一件に関わっていると思われる殺人が続いているのでね。本国ではまだ何も起こってはいないが、警戒だけはしておいた方がいいだろう」
キラに誰かを傷つけさせることは、彼の精神上−だから、という意見にはレイも賛成だ。
「わかりました」
そう言うことであれば、自分はキラの側にいて自由に動けるようにしておいた方がいいだろう。レイはそう判断をする。
「いいこだ。あぁ、一緒に昼寝をしておくのもいいかもしれないよ」
君も体力を回復しなければいけない状況なのだしね、と笑いを漏らすと、ギルバートは歩き始めた。
「ギル!」
大声を出せばキラが起きてしまう。それでも抗議の意味をこめて彼の名を呼んだ。
しかし、彼は笑い声だけを残して部屋を立ち去っていく。
「……本当にギルは……」
そんな彼に対し、レイは小さなため息を漏らす。だが、その他にすることもないというのも事実。
「まぁ、いいか」
そのままキラの髪をなで続けた。
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