アスラン達の判断は間違えてはいなかった。だが、そのために配置されたものよりも、相手の実力の方が上だっただけだ。
「……ご苦労様です」
その気配を感じたのだろう。マルキオが静かな声でこう告げる。
「相変わらず、こわい人だな、あんたは」
こう言いながら、闇の中から、闇よりも深い《漆黒》を身に纏った青年が姿を現した。
「視界に頼らない分、人の気配に聡い、というだけです」
彼から伝わってくる剣呑な空気に気づいているはずなのに、マルキオはかまわずに微笑む。
「それに、貴方はあの子が信頼していた方ですから」
かすかに言葉に哀しみを滲ませながら、マルキオはこう呟く。それだけで、彼の雰囲気が柔らかいものに変わった。
「なら、その信頼には応えないとな」
相手がもう、この世界にいない以上……と口にしながら、彼はゆっくりと歩み寄ってくる。
「あの男からデーターを渡された連中に関しては……処分した」
穏便に済ませたかったが、既に実験を始めていた以上見過ごしてはおけないのだ……と彼は報告をしてくる。
「……実験、ですか?」
「大丈夫だ。まだ……細胞分裂まで行っていなかった……」
この言葉は嘘だろう、とマルキオは思う。だが、彼がそうしなければいけないと判断したのであれば、それは正しいのだろう、と心の中で呟く。
「研究データーも破棄してきた。だから、地球上には残っていないはずだ」
オーブと宇宙――メンデルとプラントにあるものに関してはわからないが……と彼は続ける。
「どうやら、連中が手に入れたものは不完全なものだったらしい」
だからこそ、彼のような《失敗作》が生まれてしまったのだろう。それはあくまでも予想していたことだ。でなければ、オリジナルの年齢が若かった分、あの子供はもっと長く生きることができたはずだ。
もっとも、終わってしまったことはもう口に出しても仕方がない……と思う。
「そうですか……では、最初の子供が生まれた段階でのデーターだけしか持っていなかったのですね、彼等は」
それはある意味悲劇だが、だが安堵できる要因でもある。
「地球軍――ブルーコスモスの方も、似たり寄ったりだ。どうやら、メンデルのデーターは解析できなかったようだな」
あるいは、見つけられなかったか……と彼は続ける。
「現在、あそこのロックは今まで以上に堅固なものになっている。どうやら、誰かが手を出したらしい」
それが誰であるのか、マルキオはわかるような気がした。
だからあの少年は、ここを後にしたのではないか。そう思うのだ。
「……で?」
そんな彼の思考を遮るかのように彼がこう問いかけてくる。
「……おそらく、メンデルのものは放っておいても大丈夫でしょう。地球軍の者達ではそう簡単に解除できないでしょうしね。もっとも、貴方であれば可能かもしれませんが」
「なるほど……あいつの仕業か」
なら、大丈夫だろう、と告げる彼の言葉からは、かつての言動など感じられない。それはいいことなのだろう。少なくとも、彼がそのせいで判断を誤るという可能性はなくなったのだ。
「……と言うことは、プラントのも、あいつの仕業かもしれないな」
だが、この言葉には内心驚く。
「かもしれません……」
だが、考えてみればその可能性は否定できない。
「どうする?」
自分であれば、彼を連れ戻すことは可能だ、と彼は言外に問いかけてくる。それは、彼自身が《ギルバート・デュランダル》という人物を信頼していないからなのかもしれない、と思う。
「……今のままで……おそらく、当分の間は大丈夫なのではないか、と思われます」
だが、マルキオにはどうして彼が《キラ》の存在を必要としているのかわかっている。彼のそばにもあの子供と同じような存在がいるのだ。そして、彼はその子供を少しでも生き長らえさせたいと考えていることも知っている。
「彼がその気になれば、誰も止められないでしょう」
キラがおとなしくその場にいるのであれば、それは彼が望んだことなのではないか。そう思うのだ。
「わかった」
ならば、自分はもう何もすることはないな、と彼は口にする。
「……申し訳ありませんでした。わざわざご足労を願って」
「気にするな……」
仕事だったからな……と彼がかすかに笑ったような気配が伝わってきた。
「また何かあれば、声をかけてくれ」
そして、そのままきびすを返す。
「お気を付けて……カナード様」
窓から出て行こうとする彼に向かって、マルキオはこう告げた。
「……あいつがくれた命だ。そう簡単に捨てるつもりはない」
そうすれば、こんなセリフが返ってくる。
「失礼しました」
こう言い返せるならば大丈夫だろう。マルキオも口元の笑みを深める。
そのまま遠ざかっていく気配を今度は引き留めない。
「それにしても……」
完全になくなったと判断したところで、マルキオは小さな呟きを漏らす。
「プラントですか」
ブルーコスモスから逃れるには一番いい場所ではある。だが、問題がないわけではないのだ。
「彼等には……伝えない方がいいのでしょうか」
それとも、と悩む。
「どちらにしても、彼の意志が一番優先されなければなりませんね」
だから、今しばらく様子を見よう。マルキオはそう結論を出す。
そんな彼の側を静かに風が通り過ぎていった。
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