どうしてここに来たのだろう。
居住区から研究室がある棟へと移動をしながらレイは心の中で呟く。
あの場から連れ出したのは自分だ。だが、何故ギルバートの元にも戻らなかったのかは自分でもわからない。
こんな状態のキラでも、彼なら利用する方法を考えついただろう――たとえば、カガリ・ユラ・アスハに対する抑えとかだ――だから、キラの存在を手元に置いておきたがるに決まっている。
それがなくても、キラは《彼》の仇なのだ。
殺すとまでは行かなくてもそれなりの報復をしたいと考えていたとしてもおかしくはない。
「……どうして、なのだろうな」
自分にとって、ギルバートの存在は特別だ。
ラウが死んでしまった今となっては《唯一》の存在だと言っていい。
「キラを、彼に渡したくない……と思ってしまうのは」
いや、ギルバートだけではない。
他の誰の目からも彼の存在を隠してしまいたいのだ。
そういう意味では、ここはいい場所かもしれない。もっとも、それ以外の意味では最悪の場所だと言っていいのだが。
そんなことを考えているうちに目的地へとたどり着く。
「キラ、いるのか?」
呼びかけたものの、言葉が返ってくるとは期待していない。いや、そもそも彼が自発的に自分に関わってくることも期待していなかった。というよりも、諦めたと言った方がいいのかもしれない。
最初にあったときはあれでもまだ言葉を口にした方なのだ、と言うことも最近わかった。
基本的に、今のキラは自分のことも含めて世界を否定している。
いや、その表現は少し異なっているのかもしれない。
自分自身を世界から消したがっている……と言った方が正しいのだろうか。だとするなら、どうしてなのだろう。
こんなことを考えながら、いつもキラがいる場所へと足を向ける。
「……やはりここか……」
誰が使っていたのかもわからないパソコン。それにかけられたロックをあっさりと外してからずっと、キラはそれを操作していた。
その中に収められていたデーター。
それを次々と開いては目を通していく。
いや、それだけではない。
自分でも何かを打ち込んでは確認しているようだ。
「キラ」
今日も同じ事を繰り返していたらしい。
だが、どうして彼がそのようなことを繰り返しているのか、レイにはわからない。いや、興味がないと言うべきだろうか。
「……レイ?」
それでも、自分の名前は覚えてくれたらしい。その事実にレイは心の奥底で喜んでいる自分がいることにも気づいていた。
「今日はそれまでにしておけ……」
それよりも食事に付き合え、と付け加えれば、キラは小さく頷く。そして、そのまま細い指でパソコンを終了させた。
完全に電源が切れたことを確認すると、キラは視線を向けてくる。そのまま、何かを待つかのようにレイを見つめてきた。
「行くぞ」
それが何を意図しての仕草かも今はわかっている。レイはそれに応じるかのようにそっと手を出しだした。
まるで電池が切れるようなタイミングで、キラは眠りにつく。
そんな彼の体をそっとベッドへと運んでやりながら、レイは小さなため息をついた。
「どうしてなんだろうな……」
こんなにも目の前の相手が気になるのは。
見捨ててしまえば楽なのに……とも思う。
だが、とも心の中でレイは付け加えた。
「キラは、俺とラウを混同しないからな」
もちろん、最初は違っていた。
キラを連れ出してからしばらくの間、彼が自分を『クルーゼ』と呼んでいたことも覚えている。
本当は、すぐにでも訂正をしたいと思っていた。だが、オーブ国内では即座にしかれた検問のためにそれもできず、その後はキラの体調がその機会を奪っていた。
だが、逆に言えばその時間がキラに何かを気づかせていたのかもしれない。
「……君は、誰?」
熱に浮かされながらキラはこう問いかけてくる。
「キラ・ヤマト?」
何を言っているのか……とレイは聞き返す。自分が《ラウ》と同じものだ、と彼も知っているはずではないか。そう思ったのだ。
「俺はラウだ。それはお前も知っているだろう」
こう言葉を返しながらもそれを一番信じていないのは自分だ、と言うことにレイは気づいている。
自分は自分だ。
だから、ラウではなく自分を見て欲しい……とギルバートに言いたいと思っていたことも事実。だが、それができなかったのは無駄だとわかっていたからもしれない。
「……違う……」
しかし、キラはレイの言葉を否定する。
「君は……あの人じゃない……あの人は、そんな風に泣きそうな表情で自分のことを口にしないから……」
どうしてそう言いきれるのだろう。
ここに来るまでの間に聞き出した話から総合して、キラがラウと顔を合わせたのは一度だけだったはず。言葉を交わしたのもそのくらいだろう。
それなのに、彼が口にする《ラウ・ル・クルーゼ》という人物像は的確だった。同時に、それでラウが彼の望みを叶えられたと言うこともわかった。
それがうらやましくない、と言えば嘘になる。
だが、自分はあくまでも彼のスペアなのだ、とレイは自分に言い聞かせていた。
「君は……君でしょう? 同じ遺伝子を持っていても、考え方はまったく違う……」
だから……と口にしたところで、キラは苦しげにため息をつく。このまま話をさせていれば、彼の体力がさらに削がれることはわかった。そして、この会話を止める方法は一つしかないことも、だ。
「レイ、だ」
俺の名前は……と口にすれば、キラは嬉しそうに微笑む。
「……レイ」
その表情のまま、キラが彼の名を呼ぶ。その瞬間、レイの体を駆け抜けていった感情は何なのだろう。
だが、自分を自分として認識し、名を呼んでくれる存在を失いたくない……と思い始めたのは、間違いなくあの瞬間だった、とレイはわかっていた。
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