報告書に目を通したギルバートはかすかに眉を寄せる。
「誰なのかね、この男は」
 少なくとも、自分が《彼》から聞かされたアル・ダ・フラガの親族にはこのような名前はなかったはず。そして、メンデルの研究者の中にも、だ。
「それに関しては、現在調査中です。が……」
 昨日の今日では仕方がないだろう、と判断してギルバートは次の言葉を待つ。
「地球軍……と言うよりはユーラシア連邦の軍人の中に、同じ名前を見つけました」
 もっとも、その経歴その他は不明だ、と。いや、軍歴自体、正式なものではないのかもしれない……とサラは報告をしてくる。
「戦時中のデーターが全て破棄されていましたので、確実だといえる報告でなくて申し訳ありません」
 ユーラシアらしい行動だ、とギルバートは考えた。まずいことは全て封印したつもりなのだろう。
「それは仕方がないね。だが、できるだけ早く詳細なデーターが欲しいな」
 せめて、フラガ一族との関係だけでも……と付け加えれば、サラは静かに頷いてみせる。
「今回のことと関係があるのかどうかわかりませんが、個人的に気にかかっていることがあります」
 そして、珍しいことにこんな言葉を口にした。
「何かね?」
 彼女が未確定の情報を告げようとするのは本当に珍しいな、と思いながら、次の言葉を促す。
「アル・ダ・フラガの遺産を受け取ったものの中で、ここ近年に不審な死を遂げているものがいます。その者達に共通しているのは、フラガ家の医療部門に関係している、と言うことです」
 偶然であればいいのだが……と付け加えながらも、彼女がそう思っていないことは十分にわかった。
「では、それに関しても調査をしてくれないかな?」
 あるいは、そちらの方があれらと関係をしているのかもしれない。
 そして、受け継いだ技術を自分たちが望まない形で使おうとしていたのか。
 だとするなら、犯人は《メンデル》関係者と言うことになる。それも、研究者ではなく、レイやキラと同じ立場だった存在なのではないか。
 だが、そのような存在がいたとは、聞かされていない。
 しかし『死んだ』と思われていたキラが生き延びていたのだ。同じように誰か心あるものに助けられたものがいたとしてもおかしくはない。あるいは、レイのように他の研究のために生み出されたか、だ。
「かしこまりました」
 この言葉とともに、サラはギルバートの前を辞していく。
「……それにしても、どのような存在なのだろうな」
 その後ろ姿を見送りながら、彼は呟きを漏らす。
「カナード・バルスね」
 どちらにしても、自分たちの害にしかならないのであれば消えてもらうしかないだろう。ギルバートはそう呟いていた。

 ゆっくりとまぶたをあげる。
 そうすれば、間近にレイの顔があるのがわかった。
「……まつげが、長いよね」
 意味のない呟きが唇からこぼれ落ちる。
「やっぱり、美人?」
 ハンサムというのとは違うだろう。アスランもそうだけど……などとさらに付け加えながらキラは体を起こそうとした。
「……っつ……」
 だが、下半身から伝わってきた痛みのせいでその動きが止まってしまう。
「忘れてた、かな」
 こういう痛みがあることを……とキラはその中途半端な体勢のまま口にした。
「すみません……」
 そうすれば、そのセリフに答えるかのようにレイの声が聞こえる。
「……レイ、君?」
 起きていたのか、とキラは内心慌ててしまった。眠っていたと思ったからこそ、あれこれ呟いたのに、と。
「手加減を忘れた」
 この行為が、自分よりもキラに負担がかかっているとわかっていたのに、と口にしながら、彼も体を起こす。そして、そのままキラの体に腕を回してきた。
「で?」
 どうして起きたのか、と彼は言外に聞いてくる。
「……ちょっと、のどが渇いたから……」
 別段深い理由があったわけではない。だが、強いてあげるなら、これが理由になるのではないか、とキラは判断をして言葉を口にした。
「なら、俺を起こせば良かっただろう?」
 自分のせいなのだから、と言うと同時に、彼はゆっくりとキラの体をまたシーツの上へと戻していった。
「水でかまわないな?」
 そして自分はベッドから抜け出しながらこう問いかけてくる。それにキラは素直に首を縦に振ってみせた。
「なら、少し待っていろ」
 今持ってくる……と口にすると同時に、彼は歩き出す。素足どころか体に何も纏っていないその状況に、キラの方が恥ずかしさを感じてしまう。だが、レイはまったく気にしていないようだ。
 それは、この場に二人だけだからだろうか。
 それとも、彼の成長過程が関係しているのか。
 どちらが正しいのかはわからない。
 それでも 無意識のうちに、自分は彼の姿を見つめてしまう。今だって、その背中から目を離せないのだ。
 これも、理由がわからない。
 心の中でこう呟きながら、キラはただ彼の姿を見つめていた。