まるでメンデルにいたときのようだ……とレイは思う。
「……レイ君……」
 その気持ちのままキラの肩を抱きしめれば、彼は困ったように声をかけてくる。
「キラは……温かいよな」
 だが、この囁きに彼の中にあった言葉は飲み込まれてしまったようだ。その代わりにおとなしくレイの腕の中に収まっている。
「このままでいられれば、一番いいんだがな」
 そうもいっていられないのだろうな……とキラのぬくもりを感じながら呟く。
「……やっぱり、僕は……」
 キラがまた何かを口に仕掛けてその後の言葉を飲み込んだ。それがレイには気にかかる。
「キラ」
 言いたいことは最後まで言ってくれ、とレイはそっと彼の耳元で囁く。だが、最近はこれだけで素直に従うはずの彼が、今は黙ったままだ。
 と言うことは、自分に聞かせたくないセリフだったのだろう。
「俺は、キラがいてくれて良かったと思っている。いろいろな意味でな」
 キラの存在があったからこそ、自分は生まれた。
 その結果、確かに苦しい思いもたくさんした。だが、一番根本的な問題はキラが解決をしてくれた、と思う。
 それに、とレイは心の中で呟く。
 キラだって、被害者だったのではないか。
 好きでこのような存在として生まれたわけではない。それは自分たちと同じではないか、と今なら言える。
「だから、これからも、側にいて欲しい」
 このまま腕の中に、とレイは付け加えた。
「レイ君……何を」
 この言葉に、キラは驚いたようにレイを見上げてくる。そんな彼に、レイは満面の笑みを返す。
「キラがいてくれれば、俺は前だけを見ていられる」
 この言葉に、キラの頬に朱が散った。
「馬鹿なことを……」
「馬鹿なことではない。俺は本気だ」
 ギルバートとは違う。だが、キラの存在も自分には必要なのだ、とレイは囁く。同時に、彼の肩に回した腕の力を強める。
「……ラウに時間が残されていたら、同じような感情を抱いたはずだしな」
 今まで、キラの前では口にしなかった名前を言葉にした。
「……レイ君、嘘は……」
 言わないで欲しい、とキラは呆然とした口調で言い返してくる。
「……嘘ではない」
 確かに、今までのことを考えれば、キラがそう信じ込んでいたとしても仕方がない。だが、とレイは心の中で呟く。それでは自分がいつまで経っても彼の心を手に入れられないのではないか。そうも思うのだ。
「ラウが、最後の戦いの前に送信してきたメールがある。それに、そう書いてあった」
 自分の未来は、キラにゆだねたのだ、と。
 だから、キラを恨むな……とも書いてあった。
「彼の望みは……自分という存在を貴方に覚えていて欲しかった……と言うことことだけだったんだ」
 それは叶えられたのではないか。レイはそう思う。
 だから、彼にとって見れば全ては本望なのだろう――その最後も含めて、だ――とレイは考えている。
「そして、俺には別の道を歩いて欲しい、という言葉で締めくくられていた」
 だから、とレイはキラの肩に顔を伏せた。
「俺は、キラにいて欲しい」
 以前も、同じようなセリフを彼に投げつけたことがある。あれは、無理矢理彼を抱いたときだった。
「……僕、は……」
「答えは今でなくてもいい……ただ、これだけは約束してくれ」
 今のキラに無理矢理自分が望む言葉を言わせても意味はない。それがわかっているからこそ、レイは言葉を慎重に選ぶ。
「ここから出られる日が来ても、勝手にいなくなるな」
 いや、どこかに行かないで欲しい……とレイは口にした。
「……僕は……」
 キラは困ったような表情を作りながら、ゆっくりと言葉をつづり始める。
「僕は、どこにいても人に迷惑をかけることしかできないのに……」
 だから、どうしてそう言うことを言うのか……とレイは思う。
「そんなことはない。俺はキラのおかげで未来を手に入れられただろう?」
 誰かがキラをねらっているというのであれば、自分は守るだけだ。
 そのくらいの力は今でも持ち合わせている。
 何よりも、ギルバートが協力してくれると言っているのだ。現在のプラントでこれ以上の保護者はないと言っていいのではないか。
「キラは、何も心配しなくてもいい……俺が、ここにいる」
 だからゆっくりと結論を出せばいい……とレイは続けた。
「……レイ君……」
「あぁ……そう言えば、一つ言っておこうと思っていたことがあったな」
 取りあえず、と微笑みを浮かべる。
「いい加減、呼び捨てにしてくれると嬉しいのだが……」
 そのくらいはすぐにできるよな? と言うレイに、キラは困ったような表情を浮かべた。
「……努力、してみる」
 それでも、こう言ってくれる。
「今は、それだけでいいか」
 レイはこう言うと、キラの髪にそっと口づけた。