「……困ったね、これは」
キラの呟きを、ギルバートはしっかりと聞きつけてしまう。
「君の望みは……レイに取ってみれば大きな障害になってしまったようだよ」
もっとも、君にしてみれば本望なのかもしれないがね……と記憶の中のラウに向かって話しかける。そうすれば、彼の面影はかすかな苦笑を浮かべて見せた。
『生きられると、この命が生き長らえるとは思っていなかったのだから、仕方がない』
そしてその表情のままこう言うだろう、彼ならば。
「唯一の望みを叶えられたのだから、それはそれで幸せだったのだろうがね」
君は……と付け加えながら、ギルバートはシートに背中を預ける。そのまま大きなため息を一つ付いた。
「お疲れなのですか?」
彼の耳にこんな言葉が届く。
「そういうわけではないがね」
言葉ともに視線を向ければ、くすんだ金髪をきっちりと編み上げた女性の姿が確認できる。
「厄介な情報だけが飛び込んでくるが、その真偽が確認できない……という状況がね」
「……申し訳ありません……」
ギルバートの言葉に、彼女は肩をすくめた。
「気にすることはない。君達は良くやってくれているよ、サラ」
ただ、キラの能力が彼女たちの上を行っているだけなのだ、とギルバートは心の中だけで付け加える。
「ですが」
こう言うのは、それなりの矜持を持っているからだろう。それに関しては好ましいと言える。
「君達のプライドは尊重するが、私が求めているのはあくまでも《結果》だけなのでね」
少なくとも、この件に関しては……だ。
「……出過ぎたことを申しました……」
自分たちに求められているものが何であるのか、サラもすぐに察したらしい。納得はできていないようだが、取りあえず引き下がる。
「情報を掴むだけなら、幸運にさえ恵まれていれば誰にでもできる。だが、その裏付けを取るにはそれなりの力量が必要だ。違うかね?」
非合法な手段も執れるだけの心構えも必要だろう。それはレイに求めるものではない。もちろん、キラにも、だ。
状況さえ許せば、あの二人には表舞台で自分を支えて欲しいと思っている。レイに関しては今すぐでも可能だろうが、キラに関してはしばらく時間がいると思うが……と心の中で付け加える。だが、いずれは現実になって欲しいものだ、と考えていた。
「議長」
「そう言うことだからね。君達には期待している」
こう言えば、彼女はかすかに頬を赤らめる。
「お任せください」
だが、すぐに普段の表情に戻ったあたりはさすがだ……と言うべきだろう。そう言う点も気に入っているのだ。
「ちなみに、アル・ダ・フラガの関係者ですが……三親等以内の血族の存在は確認できませんでした。遺産に関しては、本人死亡後に関係企業の者達にかすめ取られたようですね」
少なくとも、彼の息子であったムウには雀の涙程度しか渡っていないものと思われる、とサラは口にする。
「そうか……では、簒奪者達の中に、あの連中と関わりがあるものがいないかどうか、確認してくれたまえ」
おそらく、今回のことも黒幕は彼等の中の誰かだろう……とギルバートは考えていた。
しかし、彼等にしても《キラ》を見いだせないでいるのではないか。
彼本人を手に入れられないからこそ、こうしてデーターを集めようとあがいているのだろう。
「わかりました」
サラはこう言って下がっていく。
「さて……」
この件に関しては彼女たちに任せておけばいい。その矜持にかけて何とかするだろう。
「彼の呪縛を解く方法でも考えた方がいいのかね」
それとも、それも誰かに任せた方がいいのだろうか。
「レイの役目かもしれないがね」
君と同じ遺伝子を持っているあの子の……と呟く。
あの子供の幸せとラウのそれが同じだとは最初から考えていない。
だが、あの子に彼が歩むことが許されなかった《人生》を手にして欲しいと思っていることも間違いない。
それでも……とギルバートは手を組む。
「私の願いを叶えるためには、力を貸してもらわなければいけないがね」
もう二度と、自分が大切なものを失うことがないような世界。
そして、自分と同じような経験をする人間を、一人でも減らしたい。そう考えるのだ。
「最大公倍数の幸せ……というのを実現するのは難しいがね」
だが、キラの遺伝子情報とユーレン・ヒビキのデーターがあれば、少なくとも現状のように交配をするような婚姻統制は廃止できる方向へ向かうのではないか。
それだけでも、プラントでは大きな希望なのではないかと思える。実際、今でも婚姻統制に反した恋愛をしているが故に、結婚をできない者達もいるのだ。
そして、一番の希望は《戦争がない世界》の実現だろう。
これを実現するためには何が必要なのか。
戦争をさせようとする者達をこの世界から排除することではないか。
「……まぁ、まだ連中もあがいている最中だからね」
まだ時間はある、とギルバートは思う。
だからこそ、今はレイとキラのことに集中しようか。ギルバートはそう考えると視線をモニターに向ける。
「おやおや」
どうやら、自分の治療が終わったのに戻ってこないキラを心配したのだろう。レイが彼に声をかけている様子が見えた。
「これなら心配はいらないのかな」
だといいのだが……とギルバートは思う。そのまま、彼は二人の様子を見つめていた。
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