「……アル・ダ・フラガ……というと、フラガの関係者か?」
 プラントから内密に持たされた情報に目を通していたバルトフェルドはこう呟く。
「確か、ムウのお父様の名前だと……」
 それに答えをくれたのはマリューだった。
「でも、確かもう、かなり前に亡くなられているはずですわ」
 本人から、そう聞いたのだ……と彼女は続ける。それは間違いなく、あの戦いの日々の中でだろう。二人がどのような関係であったのかは、何気ない瞬間にわかった。
 自分たちがあのような最後を向かえたからだろうか。彼等には幸せになって欲しかった……と思っていたことも事実だ。
 だが、それも全て過去のことであろう。心の中でそう呟く。そして、それは自分の思考の中に沈んでいる彼女には気づかれなかったらしい。その事実にバルトフェルドはほっと胸をなで下ろした。
「……そう言えば……」
 ふっと何かを思い出したかのように彼女はさらに言葉を重ねる。
「あの後……ムウがぼやいていましたわ。全ての元凶の一端を、お父様がになっていたのか、って」
 彼の様子からそれを聞くのははばかられたし、その後はそんな暇がなかったのだ、とマリューは続けた。
「あの時は……関わってくるとは思わなかったのだから、仕方がありませんな」
 しかし、人間の関係は思いも寄らないところでつながっているものだ……と思う。
「……まさかとは思うが……」
 ふっとある可能性が脳裏に浮かんできた。
「バルトフェルド隊長?」
 どうかなさいました? とマリューが問いかけてくる。
「ラミアス艦長」
 そんな彼女にバルトフェルドは厳しい口調で言葉をかけた。
「まさかと思うのだが……モルゲンレーテへのハッキングも《アル・ダ・フラガ》が仕掛けたものではないのかね?」
 プラントでもねらわれたのは医療関係のデーターだという。
 そして、メンデルでも同じようなことが起きていた。
 これらが偶然だ、といえるのだろうか。
「その可能性は十分ありますわ」
 いや、それらを結びつける方が普通だろう、とマリューも頷く。
「なら……確かめてもらえるかね?」
 もちろん、内密に……と付け加えれば、
「わかっていますわ」
 と彼女はつややかに笑ってみせる。
 これで、お互い心の中に別人の面影を抱いていなければ、無条件で口説かせて頂くのだが……とバルトフェルドはつい考えてしまう。
 もちろん、そうする予定はない。
 だから、今の関係が一番いいのだろう。
「と言うことで、コーヒーでもいかがかな? 今日のはちょっと自信作なのだが」
 雰囲気を和らげるとこう問いかける。
「いいですわね」
 彼女と同じくらい付き合ってくれる人間に、また会えるとは思えなかった。だから……と心の中で呟きながら腰を上げる。
「では、少々お待ち頂こうかな」
 そして、彼女に向けて笑みを向けた。

「……アル・ダ・フラガにユーレン・ヒビキ……」
 自分たちが生まれる原因になった大人達は、どちらも自分にとって関係が深い相手だ。
 もっとも、あの時までそんな関係だったとは知らなかった、と言った方が正しいのだが。
「できれば……ずっと知らないままだったら良かったのに」
 そうすれば、自分は平穏に暮らしていられただろう。
「だけど、そうだったら……レイ君達のことも知らないままだったかもしれないね」
 そして、ラクスやカガリとも出会わないままだったかもしれない。
 みんなと会わなくても、自分の世界はそれなりに進んでいたのだろう。だが、今の自分としてみれば、彼女たちとの出会いは大きな意味を持っているとも言える。
 それでも、と思ってしまうのだ。
「だったら、どちらが良かったのかな」
 わからない……とキラは言葉を続ける。
「……自分の気持ちもわからないのにね」
 レイに対する感情がどのようなものであるのか。未だにわからない。
 ただ、間違いなくラウへのそれとは違っていることだけは自覚できていた。もちろん、アスラン達に対するそれでもないことも、だ。
 では、それは何なのか。
 そう問いかけられると困ってしまう。
「僕は……」
 今までも何度もその答えを探そうとはした。だが、それは見つけられないままだった。
 しかし、実は違うのかもしれない。最近、キラはそう思い始めている。
 自分は、その答えを知りたくないのだ。知ってしまえば、きっとそれから逃げ出せなくなる。
 失うことを知ってしまった以上、再び同じ経験をしたくないのだ。
「もう……失うくらいなら、何もいらない……」
 だから、何も望まない。
 それが間違っていたとしても、とキラはそう呟いていた。