さすがのギルバートもその名前には驚きを隠せないようだった。
「……アル・ダ・フラガ、とはね」
 過去の亡霊などと言うものではない……と彼は呟く。
 だが、と心の中で続ける。
 何故《今》なのだろうか。
 それが引っかかる。
 それは目の前の二人も同じ気持ちなのだろう。だからこそ、自分に報告をしてきたのではないか。そうも考える。
「それに関しては、私の方で調べておこう」
 彼が残した施設や企業も含めて、と付け加えた。
 目的がはっきりとしているだけ調べやすいだろう、と判断をする。だから、二人は心配することではない、と口にして微笑んだ。
「ですが……」
 レイが即座にこう言い返してくる。
 彼にしてみれば、自分の手で全てを調べ上げたい、と言うことなのだろう、その気持ちはわからなくはない。
 相手が相手だから、その気持ちは余計に強いのだろう。
 そして、キラも、だ。
「最終的には、君達の力を借りなければいけないかもしれないがね。その前に、体調を整えておかないといけないだろう?」
 ふわりと微笑みながらギルバートは言葉を続ける。
「それに、セキュリティシステムを何とかする方が先決だろうしね」
 犯人捜しは、その後でも大丈夫だろう……と二人に問いかけた。
「ギル!」
「相手は『死んで』いるのだよ、レイ。それは君も知っているだろう?」
 レイがこの世界に存在するとほぼ同時に、だ。その理由も彼は知っているはずだ。《彼》がそれを伝えた、と言っていたし……とも心の中で付け加える。
「だから、焦ることはない。今無理をすれば、今までの努力が無駄になるからね」
 自分だけではなく《キラ》のも、だ。言外にそう滲ませればレイは唇をかむ。悔しいと思っていることがしっかりとわかってしまう。
「君の体が大丈夫だと判断できたら、リハビリ代わりに好きにしてくれていい。それまでに準備を整えておく」
 それで我慢をしてくれ、と言えば、レイは納得しないわけにはいかないらしい。
「……わかりました……」
 渋々といった様子で頷いてみせる。
「……ですが……」
 その代わりに口を開いたのはキラだった。
「何かな?」
 彼から話しかけてきたのは初めてではないだろうか。そんなことを思いながらギルバートは彼に聞き返す。
「ですが……それでは、対処が遅れる可能性が……」
 キラの言葉の裏に隠されている感情は何なのだろうか。それはギルバートにもわからない。だが、間違いなく《レイ》のことが彼の脳裏にあるはずだ。
 それはいい傾向なのではないか、と思う。
「大丈夫だよ。それに関しては、私が直接対処を取るつもりだからね」
 全ての報告は自分の元へと集まるようにさせるつもりだ、とギルバートは付け加える。
「それに、犯人捜しよりもセキュリティシステムの方が優先ではないかな?」
 この言葉に、キラはどうしたらいいのかというように視線を彷徨わせていた。
「キラ君には、そちらの方を受け持ってもらいたいのだが……ダメかね?」
 もっとも、それでは物足りないかもしれないが……と口にすれば、キラは救いを求めるようにレイの顔を見た。
「……そのくらいなら、キラならすぐだろう」
 だから、その程度でとどめておけ……というセリフ聞こえたような気がするのはギルバートの錯覚だろうか。
「それに……俺はもちろん、キラも自分のデーターを誰かに利用されるのはいやだろう?」
 だから、隠してもらった方がいい……とレイは口にする。
「とは言っても、ギルを含めて必要な人間は見られるようにしておかなければならないんだがな」
 それはそれで難しいかもしれないが、というレイに、キラは首を反対側にひねっている。
「ちょっと手間だけど、難しくはないよ……特定の場所からのアクセス以外は遮断するようにすればいいから」
 やってやれないことはない、と彼は付け加えた。
「なら、それに関してはキラ君にお願いしよう。どのみち、メンデルから持ってきたデーターはここのライブラリにしか保存してないからね」
 それ以外の場所から参照する予定はない。この言葉に、キラも小さく頷いてみせる。
「では、今日はそこまでにしておきたまえ。取りあえず、ここのシステムは外部から遮断したから、どうあがいてもハッキングは不可能だよ」
 多少の問題はあるが、だが、レイやキラの命には代えられない。
 何よりも、二人のデーターをうかつな人間が入手すればどのようなことに使用をするかわからないのだ。その方がよほどこわい、と思う。
 そしてキラが突き止めた《アル・ダ・フラガ》の亡霊の正体もだ。
 当人であるはずがない。
 だが、おそらくその名前が持つ意味をよくわかっている相手なのではないか。そう考えるのだ。
 もっとも、誰が相手でもかならず二人は守ってみせる。
 大切だと感じる相手をもう失いたくないのだ。
 ギルバートは心の中でそう決意をする。
「だから、安心したまえ。ここのデーターさえ奪われなければ、手遅れになることはない」
 そうだろう、と問いかければ二人は頷き返す。
「食事の支度がすんでいるようだよ。残さずに食べなさい」
 でないと、いつまでもここにいることになるよ……と口にすれば、キラの頬がすぐに紅くなる。
「大丈夫です。俺が見ていますから」
 レイの言葉に、ギルバートは今度こそ明るい笑い声を漏らした。