予想どおりと言うべきなのだろうか。
 それとも、想像以上だった、と言った方が正しいのか。
「どちらにしても、彼等の無意識の行動がキラ君を追いつめていた、と言うことかな」
 真実を知らなかった以上――そして、キラが知らせなかった以上――仕方がないのかもしれないが、とため息をつく。
「それにしても……あちらにもハッキングが仕掛けられていたとは」
 しかもプログラムで根こそぎ、と言うことは既に手段を選んでいられない、と言うことなのか。
「お粗末なことだ」
 あるいは、自分たちに『データーがねらわれている』と伝えようとしているのか。
 どちらが正しいのかはわからないが、これに関しては対処できるだろう。
 となると、やはり問題は《キラ》のことかもしれない。
「これに関しても、レイに任せておけばいい……と言いたいところだが」
 彼の治療が終わってしまえばそれも難しいのではないか。
 世界の情勢は、既に限界近くまで行きつつある。いつ、均衡が破れてもおかしくはない、と思えるのだ。
 そうなれば、レイには動いてもらわなければいけない。
 彼の存在はそのためにある……というわけではないが、それを期待していることも否定できない事実だ。そして、レイもまたそうなるべく動いてくれていたのだし、と。
「ふむ。こちらを立てればあちらが立たず、と言ったところかね」
 これが政治の世界であれば、適当なところで妥協点を見いだせばいい。
 人間関係でも、その多くは妥協で成り立っているのではないか。
 だが、あの二人はそれでは我慢できないのだろう。
「妥協できないのは私か」
 苦笑とともにギルバートはこう呟く。
「一つぐらい、ハッピーエンドの話があってもいいだろうしね」
 言葉とともに彼は立ち上がった。
「さて……今、彼等の様子を確認しても大丈夫かな」
 まぁ、何があっても動じないとは思うが……と苦笑を浮かべつつ呟く。だからといって、我が子の情事を盗み見たいとは思わないが。
「からかうネタにはなるかね」
 それはそれで楽しそうだ、とギルバートは思う。
「その前に、一応、指示だけは出しておいたほうがいいか」
 このプログラムを発信したものが誰か、確認するように、と。その程度のことはザフトの情報部ならできるだろう、と思うのだ。いや、してもらわなければいけない、と思う。
「二人のことはその後でもかまわないだろうしね」
 そのまま、ギルバートは部屋を後にした。

 もちろん、二人の方にもそんな甘い空気は入る隙間もなかった。
「……どうかしたのか、キラ」
 モニターを見たまま凍り付いている彼の様子にレイは思わず声をかけてしまう。
「レイ、君……」
 自分の言葉でキラはようやく現実に意識が戻ってきたのか。それでも、まるで油が切れたゼンマイ仕掛けのおもちゃのような動きでレイの方へと視線を向けてくる。
「これ……」
 そうして、彼はモニターを指さす。
 キラを脅かすような何が、そこに映し出されている、と言うのか。そう思いながら、レイはキラの側に歩み寄っていく。
「……まさか……」
 だが、次の瞬間、彼も同じような表情を浮かべてしまった。
「何故、この名前が」
 思わずこう呟いてしまう。
「わからない……」
 キラは小さなため息とともにこう言い返してきた。それは当然だろう、とレイも思う。
「ただ……ハッキングしてきたプログラムの痕跡をたどっていったら、出てきただけで……」
 でも、どうして……とキラは呟く。本人は既にこの世にはいない、と聞いていているのに、とも。
 その事実はレイも、その原因が何であったのかも含めて知っていた。
 だから、キラの言葉が『嘘だ』とは考えない。
「……どちらにしても、確認しなければいけないだろうな」
 本人はもちろん、その直系の息子も前の戦いで死んだはずだ。それとも、実際には死んでいなかったのか――あるいはその遺伝子を持った存在がこの世界にはまだいるのか――を知らなければいけない。そう思う。
「だが、ここでは難しいか」
 自分はまた、治療のために医療機器に縛り付けられるはずだ。
 キラはそんな自分よりは自由に動けるとは言え、基本的にここから出られない。
 いや、それでも調べようと思えば彼の場合可能ではあるはずだ。ネットという世界は、基本的に端末さえ手元にあればどこにいようと関係がない。それもわかっている。
 だが……と心の中で呟いたところでレイはどうして嫌だと思っているのか、その答えを見つけてしまった。
 キラは夢中になればその他のことを全て忘れてしまう。だから、適度なところで休憩を取らせなければいけない。その役目を、他の誰かに任せたくないのだ、自分は。
 だが、このまま放っておくわけにもいかない。
「……ギルに、相談だな」
 不本意だが、彼に任せるしかないだろう、とレイは口にする。
「それにしても……この名前がどこまでつきまとってくるんだ」
 確かに、根本的に自分はこの存在から離れられない。だが、いい加減、自分の目の前に現れてこなくてもいいではないか。そうも思うのだ。
【アル・ダ・フラガ】
 モニターにくっきりと表示されたその名前を、レイは忌々しい思いでにらみ付けていた。