「……モルゲンレーテのライブラリにハッキング、だと?」
 エリカ主任からの言葉に、カガリはこう怒鳴っている。もっとも、そうしたいのはアスランも同じだった。
「そうです。もっとも、一番重要な部分までは侵入させませんでしたけど」
 あそこまで厳重にプロテクトをかけてある以上、ばれずに侵入できる人間はほとんどいないだろう、と彼女は言い切る。
「そうか……」
 その事実に、カガリは少しだけ安心したようだ。
「モルゲンレーテの技術とその担い手は……オーブの生命線だからな……」
 うかつに誰かに奪われるわけにはいかない、と彼女は口にする。
「それは否定できない、か」
 オーブという小国が他国から一目置かれているのは、その理念よりも技術力に寄るところが大きい。少なくとも、今は……だ。
 逆に言えば、それだけカガリが力量不足だ、と言うことでもある。
 だが、それは彼女だけの責任ではない。
 周囲の者達がカガリをそういう存在にしておきたかったのだ、と言うこともわかっている。だから、アスランもそれに関しては指摘をしない。その代わりに、彼女が代表としてふさわしい人間となれるように手助けをする道を選んだのだ。
 そして、少しずつとはいえ、カガリは次第に代表らしくなっている。もっとも、sれを快く思っていないものも多いというのは事実だ。
「しかし、どのデーターを……」
 それがわかれば、犯人も推測できるのではないか。
 言外にそう告げるカガリの言葉は正しい、と思う。アスランも、それを問いかけたいと思っていたのだ。
「それが……私たちが開発したものではないのですよ」
 目的と思われるデーターは……と彼女は眉を寄せている。その表情の裏に『不本意だ』という感情が見え隠れしているのはアスランの錯覚ではないだろう。
「では、何なんだ?」
 カガリにしても、それを知りたいのだろう。こう問いかけている。
「……私も、オーブにそのような方がいらした……というのは知らなかったのですが」
 というよりも、その存在を故意に隠されていた、と言っていいのかもしれない、とエリカは言葉を口にし始める。
「まぁ、オーブにもコーディネイト施設があったのですから、いらしてもおかしくはないのかもしれませんが」
「だから、誰なんだ!」
 そういう風にすぐに怒鳴るな、といつも言っているのに……とアスランはカガリの態度にこっそりとため息をついた。
「ユーレン・ヒビキ博士ですわ」
 あるいは、そうやってカガリをからかって楽しんでいたのか。エリカはあっさりと答えを口にする。
「ユーレン・ヒビキ?」
「えぇ。どうやら、オーブでの第一人者、だったようですが……ブルーコスモスのテロから逃げるためか、メンデルへ研究所を移していますね」
 この言葉に、アスランは妙な偶然に気が付いてしまった。
 いや、それはカガリも同じらしい。
「……そのデーターは、見られるのか?」
「残念ですが、ブラックボックスの中にありますし、そのパスワードをご存じだったのはウズミ様だけですので」
 不可能ではないか。エリカはこう告げる。
「そうか」
 あからさまに落胆をしたという表情を作りながらカガリは言葉を返した。
「どうかしました?」
 その様子に何かを感じたのだろう。エリカが問いかけてくる。
「……個人的な事情だ」
 だから、聞き流してくれ……と弱々しく微笑みながらカガリが言葉を返す。それは逆効果だ、と言いたいところだが、アスランも同じ気持ちだからできない。
「そうですか」
 納得しているわけではないだろう。だが、それ以上の追及もしてこない。そんな彼女の態度が今はありがたいと思ってしまうアスランだった。

 冗談でも何でもなく、間違いなく自分を呼び出した相手はギルバートだった。
 それがわかった瞬間、ディアッカは複雑な表情を作ってしまう。
『呼び出してすまなかったね』
 そんな自分の表情を見てどう思ったのだろうか。ギルバートは低い笑いを漏らしながらこう告げる。
「いえ」
 そう思っていたとしても、口に出すわけにはいかないのではないか。そう判断をしてこう言い返す。
『そう言ってくれるのならありがたいが……』
 さらに彼は笑みを深めつつ言葉を口にし始める。
『君でなければ意味がないことでね』
「……とおっしゃいますと?」
 自分でなければできないこと、というのはないのではないか。そう考えながら聞き返す。
『カガリ・ユラ・アスハ代表についてどのような人なのかを知りたくてね。君は個人的に話をしたことがあったのではないかな?』
 確かに、アークエンジェルに乗り込んでいたときに何度か話をしたことがある。そして、自分以外にいないだろう、と言うことも簡単に想像が付いた。
「……理由をお聞きしてもかまいませんか?」
 だが、いきなりどうしたのだろうか。そうも思う。
『今度、直接お会いすることになったのでね』
 会談を行う関係上、予備知識を入手しておきたいのだ。そう言われてしまえば、納得するしかない。
「自分が知っていることなど、少ししかありませんが?」
『それでもかまわないよ。私は彼女について何も知らないのだからね』
 人となりを推測できるような情報が欲しいのだ、彼は言葉を重ねてくる。それに頷き返すと、ディアッカは取りあえず覚えていることを口にし始めた。
 ギルバートは合間合間に質問を挟んでくる。
 気が付けば言わなくていいことまで話したような気もしなくもない。だが、彼には彼なりの意図があったのだろう、とディアッカは考えていた。