目標が戸外に出てくれているのはありがたい。
 レイは海岸の片隅に彼の姿を見つけて唇の端を持ち上げた。
 こんなところで無防備に座り込んでいるとは、襲ってくれと言っているように思えたのだ。
 前の大戦の功労者であるなら、それなりにしていればいいのに。自信があるのかどうかはわからないが、と思いながらゆっくりと近づいていく。
 しかし、相手もそれなりに気を付けていたのか――ただの偶然という可能性も否定できないが――キラの周囲は足音を立てずに近寄ることができないように、貝殻や何かが散らばっていた。
 もっとも、それがどうだというのだろう。
 一対一なら、目の前の相手に自分が負けるわけがない。
 まして、相手は丸腰なのだから……と思いながら、レイは進んでいく。
 その瞬間、足下で貝殻が小さな音を立てた。
 もちろん、それは相手の耳にも届いているはず。
「……誰?」
 そう言って振り向いた《彼》の瞳は、何も映していないかのようだった。その瞳の暗さに、レイは一瞬、恐怖すら感じてしまう。
「俺は……」
 それでもこう言いながら、レイはゆっくりと彼の方へを歩み寄る。そんなレイの姿を、彼の瞳が映し出した。そう思った瞬間だった。
「……ラウ・ル・クルーゼ?」
 キラの唇からこんなセリフがこぼれ落ちる。
 確かに、彼と自分は同じものだ。だが、それを知っている人間は今はギルバートと自分だけではないのか。それとも、彼はどこかでラウの素顔を見たというのか、とレイは心の中で呟く。
「……僕を、連れに来たの?」
 そんなレイの内心の同様に気づいていないのだろう。キラはこう付け加える。
「それも、いいかもしれないね……僕は、きっと、貴方の言うとおり、この世界に混乱しかもたらさないんだ……」
 なら、消えた方がいいのだろう、と彼は呟く。
「キラ・ヤマト?」
 いったい、彼は何を言い出したのだろうか。
「だから、どうせなら、貴方と一緒に逝くつもりだったんだけどね」
 レイの言葉が理解できていないのだろうか。こう言いながら、キラは笑う。
 その笑みは、どこか壊れているように思える――あるいは、既に彼は壊れているのだろうか――それは、レイがまったく予想していない現実だった。
「なら……来るか?」
 何故、自分はこんなことを口にしたのだろう。レイ自身にもわからない。
「……一緒?」
 しかし、キラはこう聞き返してくる。
「そうだね……それが一番いいんだ」
 そうすれば、誰にも迷惑をかけないですむ……と彼は小さな笑いを漏らした。
「……キラ・ヤマト……」
 どうして彼はこうなったのだろうか。
 ある意味、プラントともザフトとも関係のない立場の彼であれば、カガリ・ユラ・アスハのように日の当たる場所に出ていてもおかしくなかっただろうに。しかし、今のキラはそんな彼等から離れようとしているように思えるのだ。
「来い」
 それでも――いや、それだからこそキラを連れて行こうとレイは決めた。
 自分の姿を見て《ラウ》の名前を口にしたのだ。
 そして、ラウからの最後のメールの内容もある。
 それを確認したい、と思ったのだ。
 キラをどうするか決めるのは、その後でもできるだろう。
 こう考えて、レイはキラに向かって手を差し出す。その手に、キラはおそるおそると言った様子で手を重ねてくる。
 その指の細さが、レイには気にかかった。

「……キラが、いない?」
 カガリの言葉が信じられない、と言うようにアスランは聞き返す。
「少なくとも、部屋の中とその周囲には……だ」
 どこか隠れるような場所をラクスや子供達なら知っているのではないか。カガリがこう言い返してくる。
「確かに、いくつかは知っておりますけど……」
 しかし、どうしてキラがそのようなことをするのか。それがわからない……と続けるラクスの意見にはアスランも賛成だ。いや、カガリだって同じ気持ちだろう。
「……あるいは、散歩に行かれて具合が悪くなられたのかもしれません……」
 キラがふらりといなくなるのは良くあることだ。だが、同時に彼が体調を崩していたことも事実、とラクスは続ける。
「最近、特に食欲を失っていらっしゃったようで……無理に進めても子供達の半分程度しか食べてくださらなかったのです」
 その理由はわからないが……と彼女はため息をつく。
「無理に食べさせても、キラは戻してしまいますし……」
 だから、無理をさせずにさりげなく栄養簿助剤などで食べられない分を補ってもらっていたのだ、と告げられた言葉に、アスランは思わず眉を寄せてしまう。
 まさかそこまでキラの状況が悪くなっていたとは思わなかったのだ。
 自分たちがまだここにいた頃は、そこまでひどくなかったはず。
 それなら、いつからなのだろう……と思う。
「ともかく……探さないとな」
 答えを探すよりも先にキラの安否を確認しなければいけない。そして、本人の口から理由を聞けるなら聞いた方がいいだろう。そう思うのだ。
「そうだな」
 既にカガリは行動を開始している。その後を追いかけるようにアスランも腰を浮かせた。
「子供達には食事を取ってから手伝ってもらいましょう」
 彼等には規則正しい生活をしてもらわなければいけないから……と付け加えながらラクスもまた立ち上がる。
 そのまま三人は家の外へと歩み出た。

 だが、キラの姿を見つけることはできなかった。