気が付けば、最近はキラのぬくもりが傍らにある。
「頑固なのか素直なのか、わからないな」
キラは……とレイは小さなため息を漏らす。
それでも、自分の言いつけをちゃんと守ってくれていることは嬉しい。そうも思う。
「……まるで、分厚い氷を溶かしている気分だな」
自分のぬくもりで、とレイは呟く。そして、その奥で眠っている本当の《キラ》を引っ張り出そうとしているような気がする、とも付け加える。
だが、少しずつでもその成果が出ているのであればかまわないか、と思う。
こうして自分の言葉が彼に届いているのであれば、いずれは……と考えるのだ。
「体の方も、少しは楽、なのか?」
そちらに関してはよくわからない。
だが、キラはもちろん、ギルバートも何も言ってこないのであれば、順調に進んでいるのだろう、と思う。
「どちらにしても、俺に今、できることは……ギルを信じることぐらいか」
レイはキラの肩を引き寄せながら、さらに言葉を重ねる。
「それは嬉しいね」
しかし、こんな光景を本人に見られるのは恥ずかしいと思う。
「ギル!」
どうして……と思いながら、視線を声の方向へ向ける。
「明日、一度議会の方に顔を出さなければいけなくなったのでね。その前に、明日の指示と経過を話しておこうと思ったのだよ」
時間が時間だったので、レイが起きているのを確認してから、と考えてモニターを確認したところだった、と彼は続けた。
この中で二人だけの生活――しかも、自分は大半の時間を治療の影響で半分眠っているような状況――だったせいで、時間の感覚がおかしくなっているのかもしれない。
だとしたら、それを正常に戻すのに時間がかかるかもしれない、とレイはかすかに眉を寄せた。その表情のまま、ゆっくりと体を起こす。
それがキラの意識を刺激したのか。キラが小さく身じろぐ。
次の瞬間、ゆっくりと瞳を開いた。
「……レイ君?」
どうかしたのか、とキラが問いかけてくる。
「ギルが話があるそうだ」
そんな彼にレイはこう告げた。その瞬間、キラは慌てたように体を起こす。
「そんなに慌てなくてもいいよ」
小さな笑いとともにギルバートがこう言ってくる。彼のそんな風に嬉しそうな態度は珍しいな、とレイは心の中で呟く。
「君達の寝顔なら、いつも見ているしね」
しかし、このセリフは自分が嬉しくない、と思ってしまう。
「……それで、話とは?」
ともかく、忙しい彼に無駄な時間を取らせてはいけない。そう考えてこう問いかける。
「あぁ、そうだったね」
少し残念そうな表情を彼が作ったのはどうしてなのだろう。そうは思うが、レイはあえて気づかなかったことにする。
「明日の朝は取りあえず投薬のみにしておこう。帰ってきてから検査をして、それから、今後の計画を立て直す予定、だからね」
それでも無理はしないように……と意味ありげなセリフが飛んできた。
「……ギル……」
「冗談だよ。あぁ、大丈夫なようだったら、端末を使ってここのセキュリティをチェックしていてくれないかな?」
さりげなくそらされた言葉の意味がレイにはわからない。
普段の彼はこんな風に声をかけてくることは滅多にないのだ。
「何か、あったのか?」
それも、自分たちに関係していることで……とレイは言外に問いかける。直接声をかけなかったのは、キラの精神状況を心配してのことだ。
「なに。私のデーターベースを盗み見ようとしているものがいるらしいのだよ。それが、私のものだけなのか、それともプラント内の医療機関全てに行われているものなのかを、ちょっと確認してこようと思ってね」
それによって対処が変わってくる、と彼は付け加える。
プラント内の医療施設全てに、というのであれば、あるいはただの好奇心……といえるのかもしれない――もちろん、だからといって放っておくわけにはいかないが――だが、ここをねらってきているのであれば、欲しいデーターはおそらく彼が《メンデル》から持ち出した《ユーレン・ヒビキ》の研究データーだと言うことだろう。
「わかりました」
そう言うことならば、何があっても阻止をしなければいけない。
「そのような事情でしたら、俺が……」
「……システムなら、僕でも、手伝えると、思いますけど……」
レイの言葉を遮るようにキラがこう言ってくる。
「キラ?」
彼が自分たちの前でこんな風な態度を見せたのは初めてなのではないだろうか。
それとも、ねらわれているデーターがデーターだからなのか。
「それはありがたいね。では、キラ君の分の端末も用意しておこう」
少なくとも、ギルバートは最初からキラを巻き込むつもりだったらしい。レイにはそれがしっかりとわかってしまった。
だが、と思う。
キラがこのままでいるよりも、少しでも前向きになれるのであれば、それはそれでいいのではないか、と心の中で呟く。
だが、それで彼が自分以外に目を向けてしまうのは辛いとも思う。
それとも、これはギルバートが自分に課した課題なのだろうか。
どのような状況になっても、キラが自分を選ぶようにしろ、と彼は言いたいのかもしれない。でなければ、今後の生活に支障が出てくるとも言えるのだ。
ここにいる間に、それができればいいのだが……とレイは心の中で呟いていた。
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