少しずつ、治療の最中のレイの様子が変わってきた。
 それはよい方向に進んでいると見ていいのだろうか。それとも逆なのか。キラにはわからない。
 だが、ギルバートが変わらない治療を続けているのだから大丈夫なのではないか。そうも考える。
 なら、いずれ彼は諦めていた全てを手に入れられるのだろう。
「……後、僕がして上げられることは、何もないよね」
 それがわかっているのに、どうして自分はここにいるのだろうか。
 出ようと思えば、ここから出る手段も既に見つけてある。それなのに、とキラは心の中で呟く。
「……キラ……」
 それはきっと、彼がこうして自分の名を口にするからだろう。
 無意識の時に彼の唇からこぼれ落ちる自分の名前が、自分が必要とされているのだと認識させてくれるのだ。
 その事実が、キラをここに縛り付けている。
 だが、と思う。
 それならば彼等だって同じだったはずなのに。それなのに、どうして自分は彼等ではなくレイの手を取ったのだろうか。
「レイ君、僕は……」
 どうして君の手を取ったのかな……とキラは口の中だけで呟く。
 最初にあったとき、レイは自分が《ラウ・ル・クルーゼ》だと言った。それが自分の視線を引きつけることになったのだ、と彼は知っているだろうか。
 きっと知っているのだろうな。キラはそう考えている。
 自分にとってその名前がどれだけ重いものであったのかを、レイは知っていたに決まっている。
 だから、あの時、自分の名前ではなく彼の名前を口にしたのではないか。そう考える。
 でも、今はどうだろう。
 レイの名前と彼の名前。
 自分の中で重みをましているのはどちらの名前なのか。
「……レイ君……」
 それでも、彼の名前よりもレイの名前の方が唇になじんでいるような気がする。
「僕は……」
 これからどうすればいいのだろうか。
 考えても答えが出ないような気がしてならない。
 だが、それを見つけなければいけないのではないか。そうも思うのだ。
 これが、あの戦いが終わってから始めてキラが抱いた《前向きな意見》だと指摘するものは誰もいない。本人も気づいていないのだから、仕方がないのか。
「君は、僕に何を望むのかな……」
 考えを切り替えるかのようにこう呟く。
 だが、それに対する答えは既にわかっているような気もする。
『俺の側にいろ』
 何度もレイが自分に向けた言葉だ。
 しかし、その真意は何なのだろう。それがわからない。
「僕は……どう、したいのかな」
 それを見つけるまでの時間はあるのだろうか。キラは小さなため息とともに言葉をはき出した。

「さて」
 その様子をギルバートはモニター越しに見つめていた。
「これも成長というのかね」
 それとも、逃避というのだろうか。
 どちらにしても、と彼は心の中で呟く。キラにとって必要なのは静寂で落ち着いた環境なのだろう。
 彼にとって自分も含めた《人間》は恐怖の対象らしいのだ。もちろん、例外もいることはわかっている。それでも、そのような人々からも距離を置きたいとまで考えているらしい。
 それは彼が置かれていた環境が関係していることは簡単に推測できる。
「だから、キラ君は《レイ》を選んだのかもしれないね」
 同じ感情を共有できる存在、としてだ。
 その理由は違うが、レイもまた『人間がこわい』と思っていた時期がある。いや、今でもそう思っているのかもしれない。
 だからこそ、あの二人はお互いを必要としているのか。
「分析していても、意味はないがね」
 大切なのは、レイの気持ちがキラに通じるのか。そして、キラがそれを受け入れてくれるのかどうか、だ。
「……それに関しては、時間の問題かもしれないが」
 キラ自身が、自分の感情に気づけばあるいは早いのだが、と思う。
 しかし、それが一番難しいのではないか。そうも考える。
「それに関しては、レイに任せておくのが一番だろうね」
 簡単に手に入れられるものは、すぐに失ってもかまわない。そう考えるのが人間だ。
 努力を重ね、苦労をして手に入れたものは他人から見てどんなにつまらないと思えるものでも、本人にしてみれば大切な存在なのだし、とも思う。
「君の健康も、そうだろうね」
 それに関しては、自分も同じ心情だが……とギルバートは付け加える。
「取りあえず、君の治療が終わらないうちは始まらないかな」
 レイ自身が動けないのだし……と彼は苦笑を浮かべた。
「それまでに私も厄介ごとを片づけておかなければいけないだろうね」
 彼の容態から少しとはいえ目を離せるようになったことだし……と言うことは喜ばしいのだが、とギルバートは眉を寄せる。
「……キラ君にも、手伝ってもらった方がいいのかな……」
 そんなことすら考えてしまう。
「彼も、少し気分を変えた方がいいかもしれないからね」
 さて、どう切り出そうか。こう考えるのも楽しいね……とギルバートは心の中で付け加えていた。