「カガリ。疲れているのなら、一休みしたらどうだ?」
 先ほどから書類の一枚も決済できていない彼女に向かって、アスランはこう声をかける。
「……アスラン……」
 その声にカガリが顔を上げる。
「お茶でも淹れるか?」
 彼女の仕草に、アスランは腰を上げようとした。
「そうじゃなくて!」
 だが、それをカガリの言葉が止める。
 いつもと違う彼女の様子に、アスランはかすかに眉を寄せた。いつもなら、自分にだけは言いたいことを平気で口にするのに、とも思う。
「なら、どうしたんだ?」
 言いにくいのであればこちらから促してやるしかないか。そう思ってこう問いかける。
「キラは……私たちを恨んでいるのか、な」
 それとも……と彼女は呟く。
「カガリ!」
 何を言い出すのか……とアスランは思う。
「キラがそんなことを考えていた、と本気で思っているのか?」
 アスランのこの問いかけに、カガリは視線を話迷わせる。
「……それは、わかっている……でも、な。忙しいと言って、キラの言葉に耳を貸そうとしなかったのは間違いなく私たちだ」
 違うのか……という問いかけに、アスランは視線を落とす。
 確かにそうかもしれない。
 そう考えるだけの理由もあるのだ、自分たちは。
 キラの言葉を待っているだけの時間がなかった……というのもまた事実である。
 そして、自分たちに余裕ができるまでキラはきっと我慢してくれるのではないか。そう考えていたことも事実だ。
「俺たちは……結局、キラに甘えていたのかもしれないな」
 キラならきっと許してくれる。そうも考えていたのだから、とアスランは続ける。
「そう、かもしれない」
 カガリも同じ事を考えていたのか。即座に言葉を返してきた。
「キラなら、きっとわかってくれる……そうも思っていたんだ」
 だから今回のキラの行動はショックだったのだ……とも彼女は付け加える。
「それは……俺だって同じだ」
 どのようなときでも、トリィだけは連れて行ってくれるのではないか。アスランはそう信じていたのだ。
 自分が上げたトリィを、キラはあの日々の間にも大切にしてくれていた。だから、これからも……と思っていたことも事実。
 しかし、現実は違った。
 今、トリィはキラの手元ではなく自分の側にある。
 もちろん、それはキラ本人の意志ではなかったのかもしれない。
 だが、違うという確証も今の自分にはないのだ。
「……キラが、私を恨んでいたとしても……それはそれでいいんだ」
 不意にカガリはこんなセリフを口にする。
「カガリ?」
 何を、と思ってアスランは聞き返す。
「今どこにいてもいい……ただ、幸せでさえいてくれれば……」
 側にいてくれないことは悲しいが、それでも、自分の顔を見ることでキラが不幸だと思うのならば、我慢できる。彼女はこうはき出す。
「……カガリ……」
 彼女は、キラの実の肉親だ。その絆があるからこそ、そんなセリフを言えるのかもしれない。
 だが、とアスランは心の中で呟く。
 自分とキラの絆は彼女のようにはっきりとしたものではない。
 だからこそ、いつでも確認できる場所にいて欲しかったのだ。
「それでも俺は……キラに側にいて欲しいと思うよ」
 アスランの呟きはカガリの耳に届いただろうか。彼女からは何の言葉も返ってこなかった。

「……やっぱ、議長は何にかご存知なのかもしれないな……」
 メンデルに残された管理システムのデーターを見ていたディアッカはこう呟く。
「何故、そう思うんだ?」
 それがしっかりとイザークの耳に届いてしまったらしい。こう言い返された。
 しまったな……と心の中でディアッカはため息をつく。だからといって、自分が言葉を返さないうちは。彼が引き下がらないだろう、と言うこともわかっていた。
「先日、議長がここを訪れただろう?」
 まぁ、推測と事実を区別して聞いてくれるから大丈夫だろうと思いながらディアッカは言葉を口にし始める。
「査察、だったか?」
「そういう名目だったはずだ。ただ、な」
 これを見てくれ……と言いながら、ディアッカはモニターにあるデーターを呼び出す。
「巧妙に隠されていたから今まで気が付かなかったんだけどな。何度か往復していたシャトルの乗組員の数を調べていけば、二人ほど多いんだよ」
 出て行った人間の数が……とディアッカは付け加える。
「……頭が痛くなるな……」
 これだけ人数が出たり入ったりすると……とイザークも頷く。
「もちろん、別の誰か……という可能性も否定はしないけどな。ただ……ここにキラがいただろう?」
 トリィがあった以上、本人がここにいた可能性が高い、とディアッカは思っている。
 そんな彼を安全に連れ出せる人間は限られてくるだろう。
 だが、その理由がわからないのだ。
「お前がそう考えるのなら、可能性は大きいが……」
 だが、と彼は言葉を続ける。
「確認するのは難しいぞ?」
「わかってるって……だが、知らないままでは落ち着かないのさ」
 あいつが今どこで何をしているのか……と告げれば、イザークが頷いた。
「あまり、深入りをするなよ」
 まずいと思ったら、すぐに退け……と彼は口にする。それは、ディアッカの身を案じてくれてのセリフだろう。
「それもわかってるって」
 だから、ディアッカは笑い返した。