床にうずくまったまま、目の前の光景をじっと見つめている。
そこでは、レイが苦しげな表情を浮かべながら横たわっていた。
しかし、それは彼が普通の体を手に入れるためには仕方がないことである。それはわかっていても、その表情が辛い、とキラは思う。
「そこに直に座っていては、体調を崩すよ」
その時だ。ギルバートの声が耳に届く。
「……デュランダル議長……」
「ギルバートでかまわない、と言った記憶があるのだがね」
苦笑とともに彼はこう言い返してきた。
「ですが……」
そんなことを言われても……とキラは心の中で呟く。
自分はただの囚われ人だ。
そんな風に親しく声をかけていいのではない、とキラは思う。
「君は、プラントの人間ではない。だから形式にとらわれる必要なないと思うがね」
だが、彼は違ったらしい。
「それに、君はレイにとって大切な相手だからね。それならば、私にとってもそうだよ」
こう言って微笑む彼の本心がどこにあるのだろうか。キラにはそれもわからない。
「……貴方は……」
ゆっくりと視線を向けながら、キラは言葉を探す。
「貴方も、僕は必要ない、と考えていらっしゃったのではないですか? でなければ、利用しようと思っておられたのでは」
自分の力は、世界に混乱しかもたらさない。それはあの戦いの中で思い知らされた事実だ。
「……まぁ、否定はしないよ」
確かに可能性の一つとしては……と彼は素直に口にした。その言葉にはためらいもない。
だからこそ、真実なのだろう。キラにはそう思えた。
「だがね」
さらに彼は言葉を重ねる。
「それは《君》という存在を直接知らなかったからだよ。知り合った後は違う」
データーではなく、生身の君を……と彼は視線を和らげた。
「私のイメージの中で君は、もっと感情がない存在……と言うべき存在だったしね」
キラの実の父が望んだとおり、力を持ち、さらなるものを求めていこうとしているのだ、とも。
「だが、実際の君は違った」
実際のキラは、どちらかと言えば力を持った自分を嫌悪している子供だった、と彼は口にした。
その認識は正しいのだろうか。キラ自身にもわからない。
「自分に与えられた力に振り回されている、とも言えるのかもしれないね」
こちらの言葉なら、すぐに頷ける。
間違いなく、そうだと思うのだ。そのせいで、どれだけの存在を失ったことか。そうも思う。
「だが、その力も、そして君の存在自体も正しくコントロールできるのであれば、世界の安定に役立つと思うのだよ、私は」
「……デュランダル議長?」
「ギルバートだと言っただろう」
キラの呼びかけを、彼は即座に訂正してくる。
「もし、ラウに十分な時間があれば、彼はその方法を君に教えるべく動いたかもしれないがね」
しかし、彼にはそれは与えられていなかった。彼の存在を知ったときには、自分はまだ何も知らない《子供》だったのだ、とキラは心の中で付け加える。だから、それを解決するための手段を見つけることもできなかったのだ。
「信じられない、という表情をしているね」
くすり……とギルバートは笑う。
「確かに君が知っている《ラウ・ル・クルーゼ》という存在はそうだったかもしれない。だが、彼も最初からそうだったわけではないのだよ」
その証拠に、と彼は優しい眼差しのまま言葉を続けた。
「彼と同じ遺伝子を持ったレイは、君のことを大切にしている。違うかね」
そうなのかもしれない。
「……でも……彼はあの人じゃありません……」
だから、レイがそうだったとしても、彼も同じだとは言えない……とキラは言い返す。
「同じ遺伝子を持っていても、育ち方が違えば、別の人間でしょうし」
それに、自分はそこまで彼のことを知らないのだ、とそうも思う。
「本当に君は、いいこだね」
キラの言葉をどう受け止めたのか。ギルバートはこう言ってきた。
「残念だね。側に行けるようなら、抱きしめて頭をなでてやりたいと思うのだが……」
無菌室の中と外では不可能だ……と彼は苦笑を浮かべる。
「それに、それは私の役目ではないようだしね」
自分がすべき事はキラ達を守ること、そしてレイの治療を終わらせることだろ、と彼は口にした。
「まぁ、君達がここに出るまで時間はある。だから、ゆっくりと悩みなさい。それがまだ、許される年齢なのだから、君達は」
その時間は自分が保証しよう……とギルバートは言い切る。
そんな彼に、どのような言葉を返せばいいのだろうか。
キラには、それすらも見つけられない。
「ともかく、床に直接座るのはやめなさい。いくら空調が整えられているとはいえ、それでは冷える。君が体調を崩すことでレイに何かあっては困るだろう?」
悩むキラの耳にギルバートの注意が届いた。
それはもっともな指摘だと思う。だから、これに関して、キラは素直に首を縦に振って見せた。
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