「……キラの実のご両親は……遺伝子とコーディネイト技術を研究されていた方だそうですわ。メンデルで」
カリダからさりげなく聞き出した――いや、そう思っているのは自分だけかもしれない――情報を、ラクスは唇に乗せる。
「……なるほど、な」
その言葉を耳にしたバルトフェルドは、難しい表情を作りながら頷いて見せた。
「それで、あの双子がコーディネイターとナチュラルである理由がわかったような気がするな」
バルトフェルドは難しい表情のまま頷いてみせる。
「そして、キラもその事実を知っていた、と判断するべきだろう」
だから、あそこにいたのではないか。それが本人の意志かどうかは別にして……とバルトフェルドは口にする。
「ただ……俺としてはキラの意志が完全ではないが判断に関わっている、と思うがな」
そして、相手もそれを認めている、と言うことだろう。彼はこう締めくくった。
「それは……メンデルの研究所のデーターが、全てロックされていたから、ですか?」
ラクスの問いかけにバルトフェルドは頷いてみせる。
「キラの性格だ。嫌々なら、あそこまできっちりしたものは作らないだろう」
その場だけごまかせればいい。そう考えるはずだ。
だが、あれは未だに解析もできないのだ、という。
「あくまでも俺の推測だが……キラは誰彼にあそこのデーターに触れて欲しくなかったんだろうな」
それが何であるのか、データーを見ていない自分にはわからないが……という言葉には頷くしかない。
「……フラガであれば、知っていたのだろうがな」
彼はあの時、キラと一緒にいたのだ。だから、あそこで何があったのかを知っていた可能性はある。
しかし……とラクスは心の中で呟く。
既に鬼籍に入った人間を呼び戻すことは不可能だ。
同じ遺伝子を持った存在は――禁忌とはいえ――作り出すことができる。だが、それは同じ遺伝子を持っているだけの別人、いわば年が離れた双子のような相手で決して本人ではない。
だから、彼がキラの秘密を誰にも伝えずに逝ったのであれば、それは誰にも知られない方がいいと判断したからなのだろう。ラクスはそう思う。
「……私たちは、あるいは考え違いをしていたのかもしれませんわね」
「ラクス?」
「キラの秘密を暴くのではなく、彼が何を望んでいたのかを先に探るべきではなかったか。そう思ったのですわ」
自分たちがそれを与えられなかったからこそ、キラは自分たちの前から姿を消してしまったのではないか。
ラクスはそう思ったのだ。
もっとも、アスランやカガリは違う考えを持っているのかもしれないが。
「どちらにしても、キラにもう一度会わなければなりませんわね」
彼がそれを望んでいるかどうかはわからないが……とラクスは小さなため息とともにこう告げる。
「確かに。俺も、少年にはいろいろと言いたいことがあるしな」
捜索は続けよう。バルトフェルドが言葉とともに立ち上がった。
それはきっと、また指示を出すためだろう。
彼の背中を見送りながら、ラクスはまた小さなため息を漏らした。
医者や研究室、というのは自分にとって嫌悪の対象だった。
物心付いた頃――いや、その前から自分にとってその二つは苦痛を与える存在だったからだ。
自分に周囲には、他にも同じような《自分》がいたように記憶している。自分よりも年上のものもいたし年下のものもいたようだった。
だが、彼等は次第に姿を見せなくなった。
それがどういうことかその時はわからなかった――今は使い物にならなくて処分されたのだ、と言うことを知っている――が、いなくなることはこわいことだ、と言うことだけは理解していたように思う。
次は自分なのではないか。
そう思うだけで眠れなくなったことも一度や二度だけではない。
しかし、この環境がおかしいのだ……と考えたことはなかった。自分は、この世界しか知らなかったのだから。
それが一変したのは、彼が現れたときだ。
無事に成長した――というと語弊があるか。彼は、そこではない他の場所で生まれたのだと言っていた――もう一人の《自分》が、あの場所から自分を連れ出してくれたのだ。
そして、彼に引き合わされた。
もう一人の自分はしなければいけないことがあるから。だから、自分の面倒は見られないのだ、と言っていた。
しなければいけないことが何であるのかはわからない。だが、自分がそういうのであればそうなのだろう、と思ったことも事実。
何よりも、彼が見せてくれた新しい世界がそれ以上に興味深かったのだ。
そして、彼は、医師と研究所はこわいものではないのだとも教えてくれた。それは、自分をどう見ているかの違いからだったのだろう。それでも、痛みはあってもその後抱きしめてくれる彼の腕がそれを補ってくれる。そう言うこともあるのだ、と教えてくれたのは彼だ。
だから、多少の痛みは我慢できる。
それに……と心の中で呟く声があった。
もう一人、自分にはまっていてくれるのではないか、という存在があるだろう、と。
彼のように抱きしめてはくれない。
だが、自分が抱きしめれば最近はおずおずと背中を抱いてくれるようになった。それだけでも成長だろう、とそう思う。
全ての元凶は彼だったのかもしれない。
だが、彼もまた被害者なのだ。
そして、彼を一番傷つけたのは間違いなく《自分》なのだし。
しかし、それは自分ではない。
この事実が、これほどまでに忌々しいものだとは思わなかった。
だから、と思う。
もう一人の自分が手に入れられなかったものを、自分は手に入れてみせる。
こう考えることでこの苦しみを乗り越えていけるのだ。そう思っていた。
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