キラに食べさせるものと、ついでに付き合うであろうレイの分を手配し終わった後、ギルバートは送られてきた報告書に目を通していた。
「……さて、どうしたものかね」
 キラ達の方はいい。
 キラに関してはもう無菌室から出してもいいのだが、レイの治療が続いている間は同じ部屋に入れておいてもいいだろう。その方が、彼等の精神状態が安定しているのではないか、とも思うのだ。
 プラントの治安に関しては、取りあえず落ち着いている。
 現在の人口過剰状態も、L−4に建設中のプラントが完成をすれば解決をするだろう。食糧問題にしても同様だ。
 だから、問題があるとすればそれ以外のことだと言える。
 特に、キラに関わる面々は要注意かもしれない。
「それほど大切だったのなら、もっと気をかけておくべきだったね」
 彼がその身の上に降りかかってきた事実に押しつぶされる前に……と思う。
 もっとも、キラの側にいた者達は、ほとんどが彼と同じ年だ。特にカガリは国を背負って立つ立場に祭り上げられている。
 そう考えれば無理はないのかもしれない。
 ただし、それならば彼がどのような行動を取ったとしても文句は言えないはずだ。そうも考える。
「……しかし、このままオーブが大西洋連合に組み込まれてしまうのは困るな」
 現状では、まだ、地球から送られてくる食物が必要なのだ。そして、その最大の供給源はオーブだと言っていい。
 いずれはその存在を必要としなくなる日が来るだろう。
 だが、それは今ではないのだ。
「手を回すか」
 直接介入するわけにはいかないが、協力者を増やす程度のことは、かまわないだろう。できれば、それは中枢に近ければ近い方がいい。
 幸か不幸か、お飾りとはいえ《代表首長》であるカガリはコーディネイターの存在に好意的だ。それを利用しないわけにはいかないだろう。
「オーブに関しては何とかなるのだが……問題はあちらだね」
 ブルーコスモスを操っているあの連中。
 あの者達がこの平和が続くことを望んでいない。いや、むしろ混乱を願っているはずだ。
「認めたくはないが、戦争は金になるからね」
 MS一機を開発製造するのにかかる金額で、プラントの一つぐらい作れる……と言えばオーバーだが、少なくとも野菜工場を作り上げることは可能だ。
 それでどれだけの人間の食料をまかなえることか。
 だが、逆に言えば、それだけ大きな金額が動く商業というのも少なくないと言うことだ。
「……私にしても、不本意だが指示を出したことだからね」
 それが詭弁だとはわかっていても、だ。
 この世界を憎んでいる気持ちがないわけではない。
 自分の大切なものの多くは既にこの手の中から失われているのだ。
「君に共感をしていたのは、そのせいかもしれないがね」
 だが、それでもまだ自分と彼の間には大きな溝があった。
 そして、自分の手の中にはもう一人の《彼》が残されている。だから、まだ完全に世界を憎みきれなかったのだ。
 もっとも、その彼まで失ったらどうなったかはわからない。
「だが、私もあの子も、未来の希望をつかみかけているからね」
 それをもたらした存在もまた、ある意味被害者だと言っていい。
 何よりも、彼の現状は彼が自分の希望を叶えたという証拠でもあろう。
「だから、君はその高みで見守っているがいい」
 自分たちがこれから選択することを……とギルバートは微笑む。
「どうやら、私もそろそろ、彼を利用できなくなりつつあるようだ」
 今までの時間、ともに過ごしたせいだろう、と言うことはわかっている。そして、キラもまた自分の存在に恐怖を抱かなくなりつつあるようだ。
 最初の態度を覚えている立場としては、それは嬉しいことだとも思う。
 それに、とギルバートは心の中で呟く。
 レイのことさえ解決すれば、彼は自分に協力をしてくれるようになるのではないか。そう思うのだ。
「それがなくても、あの連中に彼の存在を利用されないだけマシだな」
 キラの遺伝子の解析も進められている。
 彼の遺伝子は、現在コーディネイターが抱えている問題を解決するためのデーターの宝庫だと言っていいのだ。
 それもまた《ユーレン・ヒビキ》が願ったことなのだろうか。
 だとするならば、キラの心情を考えていなかったのではないかとも思う。
 それとも、そういう存在であれば誰かが彼の存在を守ろうとすると思ったのか。
 答えが何であるのかはわからない。いや、キラが生まれる直前の彼は、ほとんど《最高のコーディネイター》という存在にとりつかれていたような気がする。
 だから、生まれてきたキラがどのような扱いを受けるかまで考えが及ばなかった、と見るべきか。
「まぁ、今となってはそれもわからないがな」
 どちらにしても、キラは今、ここにいる。
 それ以外のことは、全て忘れてしまったとしてもかまわないだろう。そうも思う。
「彼等には、好きに泳がせておこうかね」
 もし、真実にたどり着いたなら、その時はその時だ。自分の存在を彼等は無視できないだろう。そして、キラがどうしてここにいるのかも知れば、納得してくれるに決まっている。
「納得できない人々は、無視してもかまわないだろうしね」
 キラ自身が『戻りたい』と思わなければ、と付け加えた。そして、その可能性は低いだろう。
「レイががんばっているしね」
 彼の気持ちがキラの心の壁を打ち砕いてくれればいい。そう考える気持ちは彼の保護者としてのものだ。
 それはそれで楽しいものかもしれない。
 こう考えてギルバートは微笑みを唇に浮かべた。