キラにつながる手がかりを彼等に送ったことは間違っていない、とは思う。
 だが、何かがまだ引っかかっているのだ。
「いくらキラだって、生身じゃここに来れないよな」
 当然、乗り物に乗ってきたに決まっている。
 確かに、キラであればシステムに侵入してこっそりと機体をもらうと言うことぐらいはできるかもしれない。だが、それの操縦をどこまでできるだろうか。
 宇宙空間でならともかく、大気圏を抜けることは自分でも無理なのに、と思う。
 何よりも、彼等から伝えられたキラの様子では、一人でそんなことができたとは考えられない。
「誰か、手引きをしたものがいるってことか」
 その相手が何者か。
 キラとどのような関係があったのか。
 そして、この場所であの時何があったのか。
 これらがわからなければ、根本的な問題の解決にはならないのではないかと思うのだ。
 だが、それは本人を捕まえなければわからないのではないか、と思う。
「……後は、いつ、キラがあそこを立ち去ったか、だな」
 今の自分に調べられそうなことは、だ。
 幸か不幸か、先日の襲撃のせいで、自分たちは護衛の任務を割り当てられている。後退の連中が来ない限り、ここに留まることができるのはありがたい、と思う。
 イザークも日常勤務に支障が出ない範囲でなら、多少のことは黙認してくれるだろう。
「しっかりと調べないと、歌姫だけじゃなくあいつにも本気で愛想を尽かされそうだしな」
 完全にふられたわけではないのだから、と考えるのは、自分が諦めていないからだろう。そう考えれば、アスラン達のキラに対する感情は、自分のミリアリアに対するそれに似ているような気がしなくもない。ただ、相手の受け止め方がどうかは違うが。
「あいつは……まっすぐに自分の感情を向けてくるからな」
 最初からとんでもない感情をぶつけてきた。それだからこそ、自分は目から鱗が落ちたのかもしれないが、とディアッカは口元をゆがめる。
「しっかし、キラはなぁ」
 自分の中に全てをため込んでしまう。
 そんなキラの本音を引き出せたのは、アスランとフラガだけだったのではないだろうか。
 しかし、今回の件に関してはアスランは頼りにならないだろうし、フラガはそもそもこの世界にいない。そう考えれば、八方ふさがりなのではないか。
「あいつらの中で何があったのかはわからないけどな……どうせ、アスランが何かミスしたに決まっている」
 しっかりしているようで肝心なところで抜けているのだ、と言うこともあの日々の中で知ったことだ。
「……どちらにしても、あちらに関しては虎さんにお願いするしかないか」
 自分の手には余る、とディアッカは苦笑とともにはき出す。
 というよりも、今の自分はイザーク以外のメンバーの面倒を見る余力がない、と言った方が正しいのか。
 それも力量不足というのか……と考えれば苦笑が深くなる。
「本当、おっさんがいなくなったのは痛手だよなぁ」
 この呟きは、もちろん、その相手には届かない。それがわかっていてもこう言いたくなるディアッカだった。

 ここ数日、体の中におもりが詰め込まれているような感覚に襲われている。
 それはどうしてなのだろうか……とキラは考えた。
 だが、その思考もすぐにとぎれてしまう。
 この体は、多少のことでは壊れないように作られた。データーでもそうあったのに、どうしてなのだろう、と考える。
「……キラ?」
 そんな彼の耳に、レイの声が届く。
「大丈夫か?」
 この問いかけに、キラは何とか微笑みを浮かべた。できれば、彼には心配をかけたくないのだ。
 しかし、そんなキラの表情を見て、レイは眉間にしわを寄せる。
「ギル」
 そのまま視線を外界と唯一つながっている窓へと向けた。
「取りあえず、熱を測ってみてくれないかね? おそらく、ここしばらく続けた移植のための抗体検出の影響だと思うが」
 そうすれば、ギルバートがこう言い返してくる。
「一応、血液などには異常が見られないからね。発熱だけであれば、すぐに治まるよ」
 抗体の方も、もう必要ないし……と彼は付け加えた。
 今回の治療のために必要な抗体の数は通常よりも多いとは言え、検出の手段は今までに積み重ねられてきた技術だ。それが原因で命を失うような可能性はゼロに近いとも彼は続ける。
 それならば、かまわないかな……とキラは心の中で呟く。
「もっとも、危険なのは君の方だよ、レイ」
 それはわかっているね、とギルバートが言葉を重ねている。
「わかっています。あぁ、やはり熱が高いようですね」
 体温の計測が終わったのだろう。レイがこう呟いている。
「コーディネイターが発熱をすることは珍しいからね。体の方が驚いていると言っていいのだよ」
 だから、安心しなさい……と彼が微笑んだのはわかった。
「しかし、だからといって何も食べないのは、ね」
 発熱のせいで体力が奪われていく。それを補ってやらなければいけないのだが……と考え込むような声音をギルバートが作ったのは、キラの食欲が芳しくないと考えているからだろう。
「……アイスクリームかゼリーなら食べられるか?」
 のどごしがいいものであれば、と問いかけられて、キラは小さく頷いてみせる。
 本当は何も食べたくないのだが、それ言えばレイがますます心配するだろう。これからは、彼の方が大変なのだから、少しは……と思ったのだ。
「少し待っていなさい。用意をさせよう」
 ギルバートが低い笑い声とともにこう言ってくる。そして、指示を出すためにその場を離れたようだ。
「来たら起こしてやる。だから、今は休め」
 レイがこう言いながら、キラの額に手を当てる。その冷たさが気持ちよい。そんなことを考えながら、キラはそっと目を閉じた。