ディアッカから複雑な経路をたどってラクスの元にある荷物が届けられた。
 その事実を聞きつけたアスランとカガリも駆けつけた前で、ラクスはそれを開く。
「……トリィ……」
 それが何であるのかを見た瞬間、誰もが言葉を失った。
「トリィがどこに」
「メンデル、だそうですわ。それも、廃棄された研究所の居住棟に、とのことです」
 どのような経緯かはわからないが、キラ本人がそこにいたのは間違いないのではないか、とラクスは付け加える。
「そこのライブラリには全てロックがかけられていたそうですわ。それもかなり複雑なシステムで」
 以前、ストライクやフリーダムにかけられていたものとよく似ているのではないか、というのがディアッカの判断だという。
「……でも、何故そこに……」
「そこまではわかりませんわ。ただ、現状として確実に言えることは、そこにトリィがいた、ということです」
 それ以上のことは、あくまでも推測でしかないのだ、とラクスは言い切った。
「それは……わかっています」
 それでも、とアスランは言葉を続ける。
「キラがいなくなってから、始めて手に入れた、あいつへの手がかりだ、と言うことも事実です」
「……確かにそうですわね」
 完全に足跡を消してしまった彼につながる糸を、ようやく手に入れたのだ。そう考えれば、焦ったとしても無理はない。
 だが、とも思う。
「ですが、焦ってしまってはその手がかりも失ってしまうかもしれません」
 違いますか、と問いかければ、二人は口をつぐむ。
「まず優先しなければいけないのは、どうしてキラがそこにいたのか。そして、どうして立ち去ったのか。その時に一人だったのかそれとも同行者がいたのかを調べることではありませんか?」
 一番の理由は、そこで何をしていたのか、だろうが。
「……不本意だが、おばさんに問いかけるしかないな」
 メンデルとキラの関係を……とアスランは眉を寄せる。
「そうだな……私も、それだけは避けたかったんだが……」
 仕方がない、とカガリも頷く。
「二人とも、言葉には気を付けてくださいませ。でなければ、私たちはカリダ様を追いつめてしまいかねません」
 それが一番こわいのだ。
 キラだけではなく、彼女まで失いたくない。忘れていたぬくもりを与えてくれた人だからこそ余計に……とラクスはそう思っていた。

 狭い空間に二人だけだからだろう。
 いつでもキラの気配を感じることができる。それに関しては、キラも同じはずだ。
 しかも、あの時間よりももっと側にいる。
 それだけで満足している自分がいるのはどうしてなのだろうか。
 こちらに戻ってきてからは、キラに触れないと安心できなかったのに。
「……キラがどこにも行けない、とわかっているからか」
 今の自分たちは、この部屋から出た瞬間に《細菌》という目に見えない存在に攻撃をされる。その結果、ギルバート達に余計な迷惑をかけることになる、という事実がある以上、キラの性格では逃げ出すことができないはずだ。
「俺は……」
 キラが離れていく、と言うことを怖がっていたのか。
 今まで漠然と抱いていた恐怖の答えがようやくわかった。
 あそこでは二人きりだった。
 だが、ここではそうはいかない。
 キラ自身は他人とできるだけ関わらないようにしてはいる。だが、それでも完全に全てを拒んでいるわけにはいかない。ここにいる者達の中にもギルバートのように魅力的な相手も存在している。
 だからといって、どうすることもできない。
「……キラ……」
 キラの気持ちはキラ自身のもの。それもわかっている。
 それでも、彼を手放さないために努力をするくらいはできるはずだ。そして、誰かに協力を扇ぐことも。
 そんなことを考えていたときだ。
 レイの耳に、キラの苦しげなうめき声が届く。
「どうしたんだ、キラ」
 こう言いながら視線を向ける。そうすれば、魘されているキラの姿が目に入ってきた。苦しげなその表情に、レイの眉が寄る。
「また、悪い夢を見ているのか」
 一緒に過ごすようになってから、キラが良く魘されていることには気づいていた。
 だが、その夢の内容まではわからない。
 それでも、それに前の戦争が関わっていると言うことだけは推測できていた。
「……それだけ、辛かったのか」
 だとしたなら、どうして逃げ出さなかったのだろうか。
「今更言っても、仕方がないことだがな」
 失われたものが帰ってこないように、過ぎ去った時間を引き戻すことはできないのだ。そう思いながら、ゆっくりとベッドに身を起こす。そして、そのまま床へと足を下ろした。
「キラ」
 隣のベッドで眠っている彼に声をかける。そのまま、そっとその頬に手を触れた。
 それだけでキラの表情は、少しだけ安らぐ。それは、キラが少しは自分を信頼してくれている、と言うことなのだろうか。そう考えれば、心の中にある不安は少し和らぐ。
「入るぞ」
 行為は禁止されているが、魘されている相手を抱きしめることまでは禁止されていないだろう。
 何よりも、自分がそんな彼の姿を見ていたくないのだ。
 せめて、眠りの中では幸せな世界を夢見てもいいではないか。そうも思う。
 自分のぬくもりで、キラが安心できるなら、それを与えるぐらい何でもない。そう考えながら、そっと彼の体の隣に身を滑り込ませる。そうすれば、すぐにキラの腕が自分にすがりついてきた。
「……俺はここにいる」
 キラを手放すつもりはない。たとえどのような事態になってでも……とレイはキラの耳元で囁く。彼の深層意識に自分の声が届いてくれればいい、と考えてのことだ。
 それが功を奏しているのかどうかはわからない。
 だが、無意識の時のキラは、自分にすがりついてくる。
 意識がはっきりとしているときのキラは、信頼感は抱いてくれているようだが自分から手を伸ばしてはくれないのに、だ。
 どちらがキラの本当の気持ちなのだろう。
 それを確かめたくても、以前は諦めていた。
 キラの本音がどうであれ、彼の存在が側にいてくれればそれでいい。どうせ、自分の命はそう長くはないのだから。そう考えていたのも事実だ。
 だが、今はもっと長い時間を一緒に過ごせる可能性が出てきた。
 それならば、キラの本音が知りたいと思う。そして、キラ自身の意志で自分の隣にいることを選んで欲しいとも。
 そのためには、まず、普通の体を手に入れなければいけない。
 だから、今はそれに専念をしなければならないのだ、と言うこともわかっている。
 わかってはいるが、諦められないこともあるのだ。
「……これも、生きていくことが許されたからか」
 こんなに欲張りになったのは……とレイは呟く。
 だが、そう考えられるようになったのも、間違いなくキラがその希望を与えてくれたからだ。もちろん、ギルバートの支えがあったからだ、と言うことも否定しない。
「だから、俺は諦めない」
 言葉とともにキラを抱きしめる腕に力をこめる。そのまま彼の体を引き寄せた。
 ギルバートもキラも、自分にとって大切な存在だ。もちろん、それぞれに抱いている感情は違う。だが、どちらか片方を諦めることもできない。
 そうだからこそ、自分が彼等を守るのだ。
 心の中でそう呟く。
「……明日も、治療だから……寝ないとな」
 そう言いながらも、目がさえてしまう。
 二人きりの空間だからこそ、考えることがあるのだろうか。それとももっと別の理由からなのか。それはわからない。
 だが、と思う。
 自分たちが今ここにいることは、自分たちが選択したことだろうとそう考えるのだ。だから、明日もまたそうなるだろう。
 気が付けば、キラの寝息が穏やかなものになっている。それにほっと安堵のため息をつく。
 そのまま、レイはそうっと目を閉じた。