入り口付近の荒らされ方とは反して、奥の方はまだきれいなままだ。点検をすれば、このまま全ての施設が使用できるのではないか、と思える箇所もある。
もちろん、それだからこそまだテロリストが潜んでいる可能性も否定できないのだが。
そんなことを考えながら、何気なく床に視線を落としたときだ。
一枚の写真が視界の隅をかすめる。
「……おっさん?」
それに写っている少年の顔に、見知った相手の面影を見つけて、ディアッカは思わずこう呟いてしまった。
「ディアッカ?」
どうかしたのか、とイザークが問いかけてくる。
「……あの時に起こったことの残滓、かな」
何があったのかはその場にいた者達以外わからないだろう。だが、ここで何かがあった、というのはあれで十分にわかる。そう言うことだ、とディアッカは付け加える。
「なるほどな」
イザークも深い説明を求めているわけではないようだ。あっさりと頷いてくれる。
「しかし……ここの端末は生きているようだな」
それが偶然なのか故意なのか。少し悩むな、と彼は眉を寄せる。
「それに、埃のつもり方が場所によって違う」
誰かが歩いたからか、とイザークは呟く。
「あっちの方にあるのは……居住棟か」
だとするなら、そちらに誰かがいるかもしれないな……とディアッカは口にする。
「あるいは、連中がここを襲った原因が、か」
行ってみるか……とイザークは決断をした。彼がそういうのであれば、自分に反対する理由はない。
「わかった」
頷き返せば、彼はさっさと歩き出す。その後を、ディアッカは当然のように追いかける。
「……確かに、ずいぶんときれいだな、ここいらは」
入り口の方の荒れ具合は、ある意味、自分たちがいることを誰にも悟られないためだったのか。
だとするなら、その理由は何なのか。
それがわかれば、きっとキラへの手がかりがつかめるような気がする。ディアッカはそんな予感を抱いていた。
「……ビンゴ、だな」
そして、それは間違いではなかったらしい。
まるで、誰かに見つけられるのを待っていたかのように、棚の上に電源を切られたトリィが存在していたのだ。
「ようやく、お前の痕跡を見つけたぞ、キラ」
本人が望んでいたことかどうかはわからない。だが、人間というものは、無意識の時の行動に本音が出るものではないか。
そんなことを考えながら、ディアッカはそっとトリィを持ち上げた。
「……そうかね」
ザフトからの報告に、ギルバートは眉を寄せる。
「わかった。警戒を続けてくれたまえ」
プラント建設従事者達に危険が及ばないように、と付け加えて通話を終わらせた。その瞬間、彼の表情が険しくなる。
「……よりによって、研究室が目標だったとは」
どういうことなのか、と思う。
オーブのカガリ達ではないことはわかっていた。
残る可能性とすれば、ブルーコスモスかだろうか。
「だとすれば、厄介だね」
目的が何にせよ、彼等はユーレン達が残したデーターを必要としている、と言うことだろう。かつては切り捨てたそれを必要としているというのは、いったいどのような状況なのだろうか。それもわからない。
だが、あちらのデーターが入手できなかったとなれば、彼等はどうするだろうか。
「諦めるつもりなど彼等にはないだろうしね」
こちらに移せなかったデーターに関しては、キラがロックをかけている。
そのロックを外そうとするのだろうか。
それとも……と考えたときだ。小さなアラームが彼の耳に届く。
「今は、それよりも優先しなければいけないことがあったな」
あちらに関しては、ザフトの者達に任せてもかまわないだろう。
だが、こちらのことに関しては、自分が責任を持たなければいけない。いや、自分以外の誰もできないことだ、と思う。
即座に表情を和らげると、マイクのスイッチを入れた。
「今から、点滴を外すからね。それまでは動かないように。二人とも、吐き気とかはないかな?」
この問いかけに、ベッドの上で横になっていた二人は静かに首を横に振ってみせる。どうやら、倦怠感のために声を出すのも辛いらしい。そのような副作用があるのだから仕方がないが、と思いながら、ギルバートはさらに言葉を重ねた。
「ごまかそうと思ってはいけないよ。君達の体調も、これからの治療に大きく関わってくるのだからね」
いいかな、という言葉にキラが困ったような表情を作ったのがわかる。
「どうやら、図星だったようだね」
我慢強いにもほどがある、と思う。
それとも、そうしなければいけなかったのだろうか、彼は。
どれが正しいのかはわからない。だが、医師としてはあまり嬉しくない患者だ。
「残念だが、私にも君の痛みは理解できない。推測はできるかもしれないが。だが、それでは意味がないのだよ。わかるね?」
だから、どのような些細なことでもいい。口にしなさい、とギルバートは付け加える。
「私は、君の言葉を否定しないからね」
この言葉に、キラは小さく体を震わせた。
そんな彼に向かって、レイがそっと手を伸ばそうとしている。だが、その指先はキラに届かない。
だが、レイが悔しげな表情を作った瞬間、マニピュレーターが彼の腕から点滴の針を抜いた。その事実に気づいたレイが、体を起こす。
「レイ。キラ君が心配なのはわかるが、無理はしないように」
取りあえず注意だけはいしておこう。
だからといって、彼の行動を止めるつもりはないが。そんなことを考えながらギルバートは言葉を口にした。
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