オーブという国は、あれだけの戦禍を受けたにもかかわらず、今でも来る者は拒まず……という姿勢を貫いている。
 それは立派なのかもしれない。
 だが、とレイは心の中で付け加える。
 そのせいで、ブルーコスモス関係者が侵入してもわからないのではないか。そうも思うのだ。
「……実際、俺みたいなのが入り込んでいるしな」
 もっとも、自分は移住ではなく知人に会うため……という名目での入国だ。審査が幾分軽いのかもしれない。そうも思う。
「どうでもいいか」
 重要なのは、これから自分がしようとしていることを邪魔されないことだ。
 目標の居場所はわかっている。
 だから、すぐにたどり着けるだろう。  いや、時間は関係ない。
 重要なのは、自分が彼に会うことだ……とすぐに思い直した。
「……俺の顔を見たら、いったいどんな反応をするんだろうな」
 嫌悪か。それとももっと別の感情だろうか。
 あるいは、彼は何も知らないのかもしれない。
 何も知らずに、ただ、自分がつかみ取った勝利をかみしめているという可能性もある。だとしたら、許せない。
 いや、その方がいいのだろうか。
 何のためらいもなく全てを終わらせることができるだろうしな、とそう思いながらレイはゆっくりと歩き出す。
 彼の姿はそのまま人混みの中に消えていた。

 マルキオの元にカガリとアスランが来ている。
 それはいつものことだ。
 実際、キラの耳にも子供達の歓声が届いていた。特にカガリは子供達に人気だとも聞いている。だからなのだろう。
 それについて悪いとは言えない。
 いや。本来であれば、自分がそうならなければいけなかったのだろう。
 国の立て直しで忙しい彼等の代わりに、子供達の面倒を見るぐらいはしなければいけないのだ、とそう考えたこともある。
 だが、同時に自分の汚れた手で彼等に触れることで、彼等を汚してしまいそうな気がして恐いのだ。そして、自分のことを知った子供達に憎しみの言葉を投げかけられることも恐い。
 だから、キラにはこうして彼等の気配を感じているのが精一杯だ。
 しかし、今日はそれすらも辛い。
「……ごめん」
 もう少しすれば、二人のうちどちらか――あるいはラクスか子供達かもしれない――が呼びに来るだろう。
 声を聞けば、会わないわけにはいかない。
 しかし、今は彼等の顔を見たくないのだ。
 何気なく両親が残してくれた研究結果と今まで集めた資料をまとめたファイルを手に取ると、キラは立ち上がる。そして、そのままテラスから外へと抜け出す。
 階段を下りたところで、誰かがドアをノックしている音が耳に届いた。
 しかし、キラはそれを認識していても足を止めることはしない。
 まっすぐに海辺へと進んでいく。
 足下で砂が鳴いていることも気にならない。
 ただ、少しでも早くこの場から離れたかった。
 そんな彼の足跡を、風がかき消してしまう。
 それは、まるで痕跡を一つも残したくない……と思うキラの気持ちを代弁しているようだった。

「キラ? いないのか、キラ?」
 言葉とともにカガリはドアを開ける。
「キラ?」
 しかし、そこは誰の姿もない。ただ、大きく開け放たれたテラスへのドアと風にはためいているカーテンだけがカガリの視線に写るだけだ。
「キラ、悪い冗談はやめろよ!」
 かくれんぼをするような年齢ではないだろう、とカガリは口にしながら、室内に踏み込む。
 そして、そのまま周囲を見回す。
 だが、狭い室内のどこにも彼の姿を見付けられない。
「キラ!」
 ラクスの話から判断すれば、キラは、朝からここにいるはずだ。しかも、ここ、二・三日、ろくに食事を取っていないとも。
 だから、一緒に食事を取ろうと思っていたのに、何故、彼の姿がここにないのだろう。
「キラ、どこだ!」
 ひょっとして、テラスにいるのか……と思って、駆け寄ってみる。だが、そこにも彼の姿はない。
「キラ!」
 どうして……とカガリは焦る。
 ひょっとして、誰かに連れ去られたのだろうか。
 だが、ここには子供達も多く住んでいる。その関係で、それなりに警備システムは充実させてあった。
 だから、外部からの侵入は難しいと言っていいだろう。
「どうして、一人で……」
 自分たちが来ていることを知っていたはずなのに……とカガリは呟く。それとも、自分たちの顔も見たくなかった……と考えていたのだろうか。
 だとしたら、どうしてなのか。
「ともかく、探さないと……」
 しかし、それは自分だけでは無理だ。
 そう判断をして、カガリはきびすを返す。
 そのままものすごい勢いでアスラン達がいるであろう部屋へ向けて駆け出していった。