「……まさか、ラウの呪縛がここまで強いものだとは思わなかったよ」
 ギルバートはこう言いながらため息をつく。その視線の先に、今はいない相手が苦笑を浮かべているように思えた。
 そして、それがあったからこそ、キラはあのような行動に出たのだろうとは思う。
「もっとも、そのせいで苦しむものがいると思わなかったのは、彼らしいけどね」
「ギル……」
 その言葉に、レイが不安そうな表情を浮かべる。
「彼には本望だったのだろうがね」
 だが、君には違うようだ……とギルバートはため息をつく。
「……俺は、ラウじゃありません」
 そんな彼の耳に、レイの言葉が届く。それは今まで聞くことがなかった彼の本音なのだろうか。
「わかっているよ。君達は同じ遺伝子を持っている存在でも、経験は違う」
 口ではこう言いながらも、一番そう思っていないのは自分なのだ、とギルバートは知っている。
 レイの何気ない仕草や表情がラウと同じだ。
 だから、今でも彼がすぐ側にいるように錯覚してしまう。
 この気持ちを振り払わなければいけないとわかっているのに、だ。そうでなければ、レイを追いつめてしまうだろう。
「だが、君が《ラウ》と同じ存在だからこそ、君の言葉はキラ君に届くのかもしれないね」
 そう付け加えた瞬間、レイの表情はこわばる。
「キラは……俺とラウとは違うって、そう言ってくれたのに……」
 心の奥では違ったのか……と付け加える。
 そこまでレイを追いつめたのは自分なのだろうか。
 それともキラなのか。
 そんなことを考えながら、ギルバートはそっと彼の肩を抱いた。
「最初のきっかけはそうだったかもしれないが……今もそうだとは限らないのではないかね?」
 レイの精神状態も治療の成否に大きく関わってくる。
 彼まで失いたくないのだ、自分は。
「ギル」
 レイがすがるような視線を向けてくる。
「……ここしばらく、一緒にいる時間が減っていたのだろう。きっと、そのせいだよ」
 キラが一人でいる時間が長かったからこそ、彼は考えなくていいことまで考えてしまったのではないか。
「そうかも、しれないな」
 気が付けば、暗い部屋でうずくまっていたから……とレイは呟く。
「理由がわかったのなら、彼の側に行って上げなさい」
 そうすれば、きっと、キラは落ち着くだろう。言葉とともに笑みを向ければ、レイは小さく頷いて見せた。そして、そのままギルバートの腕から抜け出す。
「一応、明日は二人のメディカル・チェックを行う予定だからね。彼が動けなくなるようなことだけは慎みなさい」
 からかうように彼の背中に言葉を投げかける。
「ギル!」
 はじかれたようにレイが振り向いた。その頬が赤く染まっている。
「どうかしたのかね?」
 笑いを漏らしながら問いかければ、彼の頬はさらに赤く染まっていく。
「何でもありません!」
 そして、叫ぶようにこう口にすると、そのまま駆け出していった。
「本当に可愛い性格に育ってくれたものだ」
 君ではあんな風にからかえなかったからね……と呟きながら、ギルバートは視線を移動させた。
 そこには、ただ一枚残された素顔のラウの写真がある。
 どうして、彼が素顔をさらすのを嫌がっていたのか。それを知っている者ももうほとんどいない。そして、その原因となった相手も、だ。
「いや、そうではなかったな」
 戻ってくる前に飛び込んできた情報。それが本当なのであれば、ブルーコスモスはまだ何も諦めていないと言うことなのだろう。
 そして、ラウやレイを取り巻いている因縁もだ。
 だが、とギルバートは呟く。
「彼は、今、私の手の中にいる、か」
 前の戦いで勝敗を大きく左右する鍵となった存在。
 ただ一人の《至高の存在》とも言えるキラは、今、傷を癒すこともできずに自分の庇護の元にいる。
 それが幸いだといえないのは、その傷の大きさを目の当たりにさせられたからかもしれない。
「どうしたものかね」
 一番大きな傷を付けた存在は既にこの世界を離れている。
「これも、君が望んだことなのかね?」
 もちろん、この言葉に対する答えも返っては来ない。だが、それが欲しいと思ってしまうのだ。
「本当に、君はいつでも無理難題を押しつけてくれる」
 レイのこともそうだし、二人の体のことも、だ。もっとも、それが自分を救ってくれた時もあったのは事実だが。
「まぁ、時間が解決してくれるだろう」
 いずれ、ね……と呟く。
 あるいは、自分に向けてのセリフだったのだろうか。それはギルバートにもわからない。だが、そうあって欲しいとは思う。
「ともかく、明日のメディカル・チェックは午後に回した方がよさそうかな」
 思考を切り替えるかのようにこう呟く。
「キラ君のためにも」
 その言葉を耳にするものは、ギルバート以外誰もいなかった。