「レイ。アカデミーの方には連絡を入れてある。しばらく休学しなさい」
 キラとともにギルバートを出迎えた――というよりも、強引にキラを連れ出したのだが――レイは、いきなり告げられた言葉に、目を丸くしてしまう。
「ギル?」
 いったい何を、とレイは思う。
 そんな勝手なことが許されるはずはない。
「もう決まったことだ」
 しかし、相手がギルバートであれば無理も通せるのか……とレイはため息をついた。
「そうしなければ、いつ、君の時間が止まってしまうかわからないからね」
 ラウのように……と付け加えられて、キラが体をこわばらせたのがわかる。今でも、彼の名前を聞くだけで、キラは過剰なまでの反応を示す。その事実がちょっと気に入らない、とレイは思う。
 しかし、それをとがめるわけにはいかないこともわかっていた。
 ただ、今彼の隣にいるのは自分だ……というように肩に置いた手に力をこめる。
「ギル、何を?」
 そして、こう問いかけた。
「キラ君の作った治療法が実用化できたのでね――と言っても実際の治療対象は君だけだが――早めに行ってしまおうと思っただけだよ」
 今であれば、まとまった時間が取れる。
 万が一の時には、即座に対処ができるだろうからね、とギルバートが笑う。
「本当?」
 その瞬間、はじかれたようにキラが顔を上げる。そして、まっすぐにギルバートを見つめた。
 今まで、彼がそのような行動に出たことはない。
 だからだろう。珍しくもギルバートが驚いたような表情をあらわにしている。
 もっとも、レイにしても彼の言葉に驚かなかったわけではない。自分の体が治るなどとは思っていなかったのだ。
「本当だとも。だからこそ、無理矢理休暇を取ったようなものだしね」
 今ならば、まだ、大西洋連合も無謀なことを仕掛けてくるだけの体力がないはずだしね、と彼は微笑む。
「危険かもしれない。だから、選択権は君にあげよう」
 レイ、とギルバートはその笑みをレイに向けてくる。
「今のままでも……そうだね、ラウと同じ年代までは何とか生かして上げられるだろう。だが、完璧ではない、残念だが」
 だから、限界が来る。
 この言葉の裏に隠されている無念さに、レイは気づいていた。
「……ギル」
 だが、それは彼のせいではない。
 自分たちを生み出した人間のせいだ。
「俺は……」
 だが、それでも……と思う。そのおかげで、キラと出会うことができたのだ。その事実だけは否定できない。
「俺は、普通に生きられるなら、その可能性を試してみたい」
 ラウにはできなかったことも含めて、とレイはギルバートに告げる。
「わかっているよ、レイ」
 優しい口調で彼はこう言い返してくれた。
「なら、全力を尽くそう」
 ラウにしてやれなかった分、と彼は口にしながら、レイの頭をなでてくれる。
「と言うことだからね。取りあえず、メディカル・チェックを行おう」
 この言葉に、レイは静かに頷く。
「それと……君もだよ、キラ君」
 レイの頭に手を置いたまま、ギルバートはこういった。
「ギル?」
「ドナーである君の体調も、治療の成否に大きく関わってくる。それもわかっていたのだろう?」
 だから、だよ……という言葉にキラは視線を落とす。
「それは……二人とも生かそうとするから、ではないのですか」
 言外に、ドナーである自分の命を見捨てるのであれば、体調など気にしなくていいのではないか。キラはそう告げる。
「キラ!」
「……僕の存在は、世界を混乱に陥れるだけなんでしょう? なら……消してしまうのが一番ではないの?」
 この体がレイのために必要だとわかったからこそ、ここにいるのだ、と彼は言い切った。
「……キラ、貴方は……」
 まさか、そんなことを考えていたのだ、とは思わなかった、というのは真実だ。
 同時に、怒りも感じてしまう。
「貴方は俺のものだって、自分で認めたのではないですか!」
 その言葉が偽りだったことになる、と言うことではないか。そう思ったのだ。
 その怒りが今にも爆発しそうになる。
「それは困ったね」
 だが、それよりも先にギルバートが口を挟んできた。
「君の存在がコーディネイターの未来を確実なものにしてくれるのかもしれない、というのに」
 それに、と彼は言葉を重ねる。
「レイの気持ちを考えてやってくれないかね。少なくとも、この子は君に執着をしている。それが生きる気力につながっているようだからね」
 だから、君にも生きてもらわなければいけない。その言葉に、キラはいわれている言葉の意味がわからない、と言うように首をかしげていた。