珍しく、早い時間に自宅に戻ることができた。
なら、彼等と話をするのもいいかもしれない。ギルバートはそう思う。
「良い報告もあることだしね」
レイはもちろん、キラも喜ぶはずだ。
でなければ、あのようなデーターを作り上げるはずがない。
「もっとも……彼の本心がどこにあったのかは、まだ聞きあぐねていたがね」
ここしばらくの騒ぎでゆっくり時間も取れなかったのだ。
だが、と思う。
これからしばらくの間は大丈夫だろうと、ギルバートは心の中で呟いた。この程度を処理できないのでは、それこそ彼等の存在自体が不必要になるのではないか、とも考える。
もちろん、そのようなことは口に出して言うわけにはいかない。
「さて……この間に、彼が私になれてくれればいいのだが」
そうすれば、もっといろいろと話しもできるはずだ。そして、レイも不安がなくなるだろう。
「あのこには、いろいろと働いてもらわなければいけないようだからね」
自分のために。そして《彼》が果たそうとして果たせなかった事を為し遂げるために。うっすらと口元に笑みを浮かべながら、ギルバートはそんなことを考えている。
「君の存在が、あのこには口実になってくれるだろうしね」
キラ君、とギルバートはさらに言葉を口にした。
もちろん、彼本人がそれを望んでいるわけではない。
だが、レイがあれほどまでに執着を見せているのだ。本人が拒もうとしてももう遅いとしか言いようがないだろう。
それに、とギルバートは笑みに少しだけ苦いものを含ませる。
彼を手放すリスクの方が、手元に置いておくそれよりも大きいのだ。
「……これもまた、口実かもしれないがね」
考えてみれば、自分もまた《キラ》に執着をしていると言っていいのかもしれない。ただ、自分が執着をしてきたのは、彼がこの世界に生まれるきっかけとなった《技術》の方ではある。
「彼が、あれほどまで彼女に似ているとは思ってもいなかったしね」
性別を除けば、彼の外見は遺伝至上の母親である《ヴィア》にうり二つだ。
「あるいは……それも彼の思惑のうちだったのかもしれないが」
双子の片割れであるカガリと違って、彼は母体で育てられたわけではない。そんな彼にヴィアが愛情を抱けるかどうかわからない。だが、己にうり二つな存在であれば……そう考えたのだろう、ユーレン・ヒビキは。
彼女がどのような人間なのか、そしてどれだけ、自分の体内から奪い去られた存在を愛していたか、よくわかっていたはずなのに、だ。
「愚かな男だよ、貴方は」
研究者としては最高かもしれないが……とギルバートは呟く。
「そして、おろかなのは私も同じかもしれないがね」
未だに心の中にある面影を消せないのだから、と彼は苦笑を浮かべる。そして、そのまま視線を窓の外へと移した。
「……どうして、キラは姿を消したんだろうな」
久々に姿を現したカガリがこう呟いている。
「カガリ?」
こう聞き返しながらも、ラクスには彼女が何を言いたいのかわかっていた。そして、どのような言葉を返して欲しいと考えているのか、もだ。
「キラが何かを悩んでいるのは気づいていたが……何を悩んでいたのかは、知らないんだ、私は」
本当は、それを一番最初に聞き出さなければいけなかったのではないか。
他の誰でもなく、自分が。
カガリはそう言いたいらしい。
だが……とラクスは思う。
キラはきっと《カガリ》だからこそ自分の悩みを打ち明けようとはしないだろう。そして、アスランにもだ。
親しければ親しいほど彼は自分の心の中を隠そうとする。
キラがそんな性格だ、と自分が気づいたのは、あるいはどれだけ親しくなろうとも一歩退いて冷静に物事を見ようと思ってしまうからかもしれない。いや、そうなるように心がけてきたから、と言った方が正しいのか。
だからなのかもしれない。キラも同じような態度を取っていたのは。
「……キラは、私にも話してくださいませんでしたわ」
取りあえず『自分だけ』と悩んでいる彼女を少しでも浮上させようと、ラクスは口を開く。
「アスランはもちろん、ご両親にも、ですわ」
彼等は本当は実の親子ではない。
それでも、キラを愛しみ育てたのはあの二人だ。そう考えれば、キラの《両親》は彼らしかいない。キラもそう考えていたことは聞いているのだ。
「むしろ、ご自分に近しい方々には知られなくない、と思っていらっしゃったのかもしれませんわね、キラは」
だから、姿を消したのかもしれない。こう口にはしたものの、自分でもそれを信じていない、と言うことをラクスは自覚していた。だが、今はカガリの精神状態の方が優先される、と心の中で呟く。
「ご自分の意志で行動されているのであれば、悩みを解決できれば戻ってくるに決まっています」
だから、そうできる環境を整えておくことが必要なのではないか、とラクスは内心を隠しつつ微笑みを浮かべた。
「……それもわかっている……」
だが、と彼女は今までとは違う表情を浮かべる。
「私に力がない、と言うこともな」
吐き捨てられた言葉を耳にして、ラクスはゆっくりと立ち上がった。そのままカガリのそばに歩み寄ると、そっと彼女を抱きしめる。
「貴方は一人ではありませんわ」
自分もアスランもいる、とそのままラクスは囁く。
「……わかっている」
こう言いながら、カガリはラクスの腕をそっと抱きしめてくる。
今考えれば、キラもこうして抱きしめてやれば良かったのかもしれない。それだけで、彼の気持ちは楽になったのではないだろうか。
ラクスは、ふっとそんなことを考えていた。
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