ギルバートが後見人だから、と言うことなのか。
 アカデミーに入学しても、寮に入ることなく、通学が認められている。
 それに関してあれこれ言われていることも事実だ。だが、それでもかまわないとレイは考えている。
「キラの側にいなければいけないしな……」
 でなければ、彼は食事も睡眠もろくに取らない可能性があるのだ。
 しかも、未だに自分以外の人間を見ればおびえる。
 そのせいで、医師にも診せられないのだ、とギルバートが苦笑を浮かべていたこともレイは覚えていた。
「まったく……」
 それが、彼が壊れている証拠だ、と言えばそれまでだ。
 同時に、自分にだけは心を――少しだけかもしれないが――開いてくれているという証だろう。
 そう考えれば、そんなキラの状況も好ましいとしか言いようがない。そう考えてしまう自分がいることにも、レイは気づいていた。
 自分以外にすがるものがいない以上、キラは絶対に離れていかない。
 そう確信できたからなのだろうか。そんなことを考えながらも、足早に廊下を歩いていく。
「ギルにはキラも慣れて欲しいものだが……」
 ただ、彼も忙しい。数日ぐらい、家に帰ってこないことは良くあることだ。
 それでは、今のキラには彼の存在になれている時間がないのだろう。
 自分だって、あそこでずっと一緒にいた――何よりも、キラがもう少しマシな状況だった――からこそ、取りあえずキラは存在になれてくれたのではないか。
 そして、あの時行動に出たからこそ……とキラは自分の手の中にいる。
「ただ、それだけなのにな」
 それでも、今世界が充実しているように感じられるのだ。
 こんなことを考えながら、レイはドアを開ける。
 次の瞬間、彼は盛大に眉を寄せた。
「……キラ……」
 灯りも付けられていない部屋の中は寒々とした感覚を与えてくる。しかし、その闇の中に間違いなく人の気配があった。
「暗くなったら、灯りを付けろ、と言っているだろう?」
 無駄だとはわかっていても、と思いながらもさらに言葉を重ねる。そして、キラの返事を待たずに灯りを付けた。
「キラ」
 部屋の隅で膝を抱えてうずくまっている姿に、レイは思わずため息をついてしまう。
「また、食事も取ってないな、その様子だと」
 それもある意味、予想していたことではある。
「丁度いい。俺もまだだからな。一緒に食べよう」
 言葉とともにレイはキラに向かって手を差し出した。そうすれば、キラは素直に手を重ねてくる。しかし、触れた肌の冷たさに、レイは一瞬眉を寄せた。
「その前に、風呂に入った方がいいのか?」
 この様子では、全身が冷え切っているのではないか。そうも思う。
「……別に、何でもない、と思う」
 キラは即座にこう言い返してきた。しかし、唇も震えているせいで、言葉がとぎれとぎれになっていると本人は自覚をしているのだろうか。
「そう言うことは、鏡を見てから言うんだな」
 こう言いながら、レイはキラの体を自分の方へと引き寄せる。
 ふわり、と引き起こされた体は、そのままレイの腕の中へと収まった。
「……暖かい……」
 抱きしめた瞬間、キラはこう呟く。
「貴方の体が冷えているからでしょうが」
 やはり、先に風呂だな……と呟くと、そのままキラを抱きかかえるようにして移動を開始する。
「本当に……俺が任務でここを離れるようなことになったらどうする気なんだか」
 アカデミーに通っている以上、いずれはザフトの一員になることは当然だ。そうなれば、プラント以外の任務に就く可能性も少なくはない。
「……どう、なるんだろうね」
 しかし、キラの言葉はまるで他人事のようだ。
「僕の存在は……無用の混乱を招くだけだから……」
 その後の言葉をキラは飲み込む。だが、レイには「だから、消えてもいいのだ」と言うセリフがはっきりと聞こえた。
「俺の前からいなくなることだけは、許しませんからね」
 どのような形ででも、だ。レイはキラに向かってこう告げる。
「……貴方は俺のものだ」
 誰にも渡さない、とも付け加える。相手が誰であろうとも、だ。こう呟いた時、レイの視線の先にはある面影が存在していた。
「レイ君……僕は……」
「ちゃんと、俺が洗って上げますよ」
 キラの言葉をわざと曲解して受け止めると、レイはこう言って笑う。
「レイ君!」
「キラがちゃんと自分の体を管理できないのが悪いんだろう?」
 だから、代わりに自分が面倒を見ているのだ、と付け加えれば、キラは視線を落とす。どうやら、自分でもそれなりに自覚はしているらしい。ただ、わかっていてもどうしようもないというのが実情なのだろう。
「俺のものでしょう、貴方は」
 そして、こう問いかける。
「……そう、だね……」
 キラは静かに頷く。それを確認したかったのだ、とレイは心の中で呟いていた。