壁一面が窓になっているからだろうか。
室内を柔らかな光が支配している。だが、いくら人工のそれとはいえ、今の自分はそこに出て行くわけにはいかない……とキラは思う。
光の中では、自分の罪がはっきりと目に見える。だから、と心の中で呟きながら、室内にあるほんのわずかな影の中に身を潜めていた。
そうすることで、ようやく呼吸ができる。
「……僕は……」
やはり、あそこから出てくるべきではなかったのではないか。ソファーの背中に体を預けながらキラは呟く。
しかし、それを彼がそれを望まなかったのだ。
だから自分はここにいる。
どれだけ苦しくても、だ。
「僕は、彼等から大切な人を奪ったから……」
その人も、自分から《守りたい》と思っていた相手を奪った。
こう考えれば、どこまで行っても許し合えることはない。
彼等にしてみれば、そもそも自分の実父が研究資金を得るために《クローニング》なんて行わなければ良かったのではないか。
そうも言いたいに決まっている。
その結果、彼等は生きる時間を制限されたのだから。
「……どうして、僕だったんだろう……」
成功体が……と思う。他の誰かでも良かっただろうに、と。
もっとも、自分だったからこそ、レイに未来を与えられる可能性があったのかもしれないが。
こんなことを心の中で呟きながら、キラは自分の膝をさらに抱きしめる。そして、そのまま額をそれに乗せた。
他人がやれば『苦しい』と言い出しそうな体勢も、キラにしてみればなれたものだ。そのまま瞳を閉じれば、周囲の光景も気にならない。
本当は、このまま何も考えずにいられればいい、とも思う。
全てから自分の意識を切り離してしまえば楽だろう、とも考えるのだ。
それでも、自分は今ここにいるし、こんな自分でもまっすぐに見てくれる存在がいる。
だから……と心の中で呟きながら、キラは小さなため息をつく。
そして、せめて眠りの中に逃げ込もうと体から力を抜いた。
「……驚いたね……」
回されてきた分析データーを見ながら、ギルバートはため息をつく。
「それとも、贖罪のつもりだったのか」
彼等を世界に生み出してしまったこと。そして、彼等に逃れられない枷をはめてしまったことに対する、と口の中だけで付け加える。
「だとするなら、研究者としては立派でも、親としては失格としか言いようがないね」
実の息子を犠牲にしてまで彼等を助けようとしたことは……と思う。
彼の存在が他の誰か――ブルーコスモスやその上の組織だ――に渡ったらどうするつもりだったのだろうか。それとも、その時にはそこまで考えていなかった……と言うことなのか。
おそらく後者だろう、と思う。
「あの一件も、そう言えば、内通者の密告からだったかな」
それからブルーコスモスの襲撃を受けたはず。だが、彼等は必要なデーターを最後まで見つけることができなかった。
それは幸いだったかもしれない。
もっとも、クローン技術自体はC.E以前から研究されていたものではある。だから、連中もそれなりの成果を上げていたとしてもおかしくはない。
それでも、やはり《テロメア》の問題までは解消できなかったらしい――いや、それ以前の問題かもしれないが――不完全なクローンを生み出しては、絶望を与え続けているのだ。
そんな彼等が《キラ》の存在を手に入れても何の解決も導けないのではないか。
だが、とも思う。
「彼自身をクローニングされては、ね」
たとえ、ラウやレイと同じ程度の寿命しかないとしても、使い捨ての戦力と考えれば申し分ない。むしろ、必要なだけ数をそろえられるだけ有利かもしれない。
「どちらにしても、彼の存在は守らなければいけない、と言うことか」
ブルーコスモスにだけは渡せない。
それが好意から出た理由でないにしても、だ。
「それに」
ふっとあることを思い出して、ギルバートはこう呟く。
「彼の脳裏には、ユーレン・ヒビキの研究データーが隠されている可能性も否定できないしね」
どこを探しても見つけられなかった、一番重要なデーター。
そして、世界で一番有能なコンピューターは人間の頭脳だ、と言える現実。
この二つから考えれば、その可能性は否定できないのではないか。
「まぁ、それに関してはこれからじっくりと確認させてもらえばいいか」
優先すべきなのは《レイ》のことだろう、とそう思う。
「……あるいは、それすらも君が望んだことなのかね」
キラがレイのために作業を始めた原因が、君の存在だったというし……と囁きながらギルバートは目を閉じる。
その瞬間、まぶたの影に未だに色あせることがない面影が浮かんでは消えていった。
彼のその姿は、自分の言葉を肯定しているのか。
それとも、そんなことで悩んでいる自分を笑っているのか。
どちらが正しいのだろうな、とギルバートは心の中で呟く。
「どちらにしても、君も全てを見届ける義務があったと思うよ、私は」
今更言っても、意味はないのかもしれない。いや、安息を手に入れた彼に伝えるべきではないのだろうが……とはわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
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