送られてきたメールに目を通し終わったラクスは、小さなため息をつく。
「どうかしたのか、ラクス」
その様子に気づいたのだろう。バルトフェルドが声をかけてくる。
「何でもありませんわ」
もちろん、彼がこのセリフに納得してくれるはずがない、とわかってはいた。
「ラクス」
予想どおり、というのだろうか。バルトフェルドは一歩も退かないというようにしっかりと彼女の顔をにらみ付けてくる。
「本当に何でもありませんわ。先日、隊長から頂きました報告書を読んでいただけです」
キラの居所がつかめないという現実を再認識しただけだから、と彼女は微苦笑を浮かべた。
もちろん、それだけではない。
何か大切なことを忘れているような、そんな感覚に襲われているのだ。しかし、それが何であるのか思い出せない、という事実がもどかしい。
それさえわかれば、あるいは、キラへ向かう糸口がつかめるかもしれないのに。そう思うのだ。
「こうなれば……ザフトを離れたのは良かったのか悪かったのか」
どちらだろうな、とバルトフェルドも呟く。
「そうですわね」
彼がザフトにいたとしても、どれだけの権限を与えられるものかわからない。そう考えれば、この場でデーター分析に手を貸してもらえた方がいいのかもしれないが……とラクスは思う。
それにしても、どうやってキラをここから連れ出したのだろうか。
そして、どうやって地球上から離れたのか。
未だにその事実がつかめないというのもおかしい、と思う。もっとも、キラが自分自身から望んでそうしたのであれば、その理由もわかるのだが……と心の中で付け加える。
もしそうだとするなら、どうして彼は自分たちから離れようと考えたのだろう。
「私たちは、自分たちが知らぬところで、キラを傷つけていたのでしょうか」
それとも……とラクスが呟いたときだ。
「……おやおや」
不意にバルトフェルドがこんな声を漏らす。
「どうなさいました?」
そんな彼に向かって、今度はラクスがこう問いかける。
「議長殿が、L−4に視察に向かわれているそうだよ」
その中に《メンデル》が含まれている、と彼は付け加えた。
この言葉に、ラクスは柳眉を寄せる。
「メンデル、ですか?」
それは、前の戦いの時に自分たちが隠れていた場所だ。だが、それ以外に何か引っかかるような記憶がある。
それは何だったか……とラクスが記憶の中を探ったときだ。
「そう言えば……あそこでクルーゼ隊長と遭遇してからですわ、キラの様子がおかしくなったのは」
それはてっきり、あの後にあった一件のせいだ、と思っていた。
だが、実はそれだけではなかったのかもしれない……とラクスはようやく思い当たる。
「……あの場にいたのは、フラガとエルスマンだが……キラと一緒に行動していたのはフラガか」
既に鬼籍に入った存在。それでは、確かめようがないな、とバルトフェルドがうなる。
「あそこは、確か遺伝子関係の研究所があったのですわよね?」
確か、そう聞いた覚えがあるのだが……と心の中で呟きながら、ラクスは彼に問いかけた。
「そうだ。コーディネイトに関係した研究も進められていたはずだ」
「……そして、デュランダル議長は、遺伝子の権威だとお聞きしておりますが……」
ひょっとして、閉鎖される前のメンデルに何か関係があったのだろうか。ラクスはそう考える。
「直接の関係はないだろうな。確か、彼は俺と同じ年だ。そして、メンデルが閉鎖されたのは、十六――いや、十七年前だと聞いているからな」
それは、キラや自分たちが生まれた年と一致している。
「……偶然でしょうか、それは」
ラクスは思わずこう呟いてしまう。
「どう、だろうな」
即座に否定できるだけの確証がないのか。バルトフェルドも思わず言葉を濁している。
「ともかく、何とかしてそこを調べられたらよいのですが……」
キラが今、そこにいるとは限らない。だが、痕跡が残っている可能性があるのではないか。そう思うのだ。
「……難しいが、不可能ではないだろうな」
ラクスの言葉に、バルトフェルドがあっさりとこう告げる。
「あそこに新しいプラントを建造する予定だ……と言うことは作業員が行く、と言うことだ。おそらく、閉鎖されているとはいえ、メンデルが拠点になることは間違いないだろう」
その程度の期間であれば、十分居住可能だろうしな……と彼は付け加える。
「お願いいたしますわ」
手配は彼に任せた方が確実だろう。そう思ってラクスは頷く。
「それと、だ」
さらに彼は言葉を重ねてきた。
「何でしょうか」
自分に何か判断を求めているのだ、と思ってラクスは聞き返す。
「あの二人には、知らせるかね?」
今の話を、と問いかけられて、ラクスは首を静かに横に振った。
「確定しているわけではありません。カガリはもちろん、アスランも今は大切な時期です。下手に情報を与えて、彼等を不安定にさせるわけにはいきませんわ」
オーブという国が安定してくれていなければ、キラを見つけ出してもどうすることもできない。ラクスはそう付け加える。
「わかった。では、そのようにさせてもらおう。ただし……」
不意にバルトフェルドが意味ありげな笑みを作った。
「それに関しての不満不平は、俺は受け付けないからな」
あの二人の、と彼は言い切る。
確かにその可能性はありそうだ、とも思う。
「わかっておりますわ」
だが、それも自分の判断である以上仕方がない。ラクスはそう判断をして頷いて見せた。
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