未だに結論を出せない自分は本当に不要な存在なのかもしれない。
 モニターの灯りが室内を照らし出す中で、キラはキーボードを叩きながら、そんなことを考えていた。
「……どうして、あの時、生き残ってしまったのかな……」
 あの時、光の中に消えた彼。
 その人物がどのような表情をしていたのか、キラにはわからない。だが、最後に耳に届いた笑い声はとても満足そうだった。
 その理由は何なのか。
 同じように作り出された彼は、この世界を捨てることができることを喜んでいたのかもしれない。
 より高い世界で、まだ混乱が続くこの世界を見て笑うために、だ。
 そして、その混乱の渦の中心にいるのは自分かもしれない。
「生きていても……何もできないのに……」
 いや、何もしてはいけないのだ、自分は。
 だから、ここにいる。
 そして何も見ない。
 そう決めたのに……とキラは小さなため息をつく。
「どうして……もう、貴方はいないのにね」
 いや、自分の側から失われた命は彼だけではない。
 守りたいと思った多くの人々の命が自分の指の隙間からこぼれ落ちていってしまった。その中には、彼に殺されたものもいる。
 そして、彼には知りたくなかった真実も突きつけられた。それがなければ、自分はもっと違う選択肢を選べたのかもしれない――他の仲間達のように――とも思う。
 こう考えれば、彼を恨んでも憎んでもいいはずだ。
 でも、それができないのはどうしてなのだろう。
「……そんなの、わからない……」
 実際に顔を合わせたのは、あの一度きりだ。
 MSで刃を交わした経験もほんの数回だけだろう。
 それなのに、どうしても彼の面影を脳裏から消すことができない。いや、むしろそれはだんだん強くなって言っているような気がするのは錯覚だろうか。
「でも……忘れたくないのかな」
 そこかでつながっていたい、と思うからこそ、自分はこうしてキーボードを叩いているのではないか。そして、彼につながると思えるデーターを集めている。
 同時に、彼等の命を脅かす根本的な――テロメアの――問題を解消するための手段を探しているのだ。
 もちろん、何の知識もない自分ではまったく役に立たない、と言うこともわかっていた。だから、実の両親が残した研究資料だけではなくネットで調べられる限りの知識を学んでいた。もっとも、それらは全て側に誰もいないときに限られていたが。
 こんなことを、他の誰にも知られるわけにはいかない。
 この事実を伝えると言うことは、自分が《人間》ではなくただの《人形》だったと説明しなければならない、と言うことなのだ。
 せめて、彼等にだけは自分を《人間》だと思っていて欲しい。
 こう考えることもまたワガママなのだろうか。
「……貴方なら、何と答えるのでしょうね……」
 自分でも知らない秘密を全て知っていた存在。その彼であれば、間違いなく、今のキラの疑問に対する答えをくれるだろう。もちろん、それが耳に優しいものではないと言うことは覚悟の上だ。
「どうして……こんなことを思うのかな」
 キラは小さな声でこう呟く。
 アスランでもカガリでもラクスでもない。
 間違いなく《敵》として存在して自分たちの前に存在していた相手なのに、とそう思うのだ。
 いや、それだからこそ、こんなにも自分の中にその存在が強く焼き付いているのかもしれない。
 他の全てを打ち消すほどに。
 そして、キラの意識を全て覆い尽くしている。
 ちょっとした瞬間に 彼の声が脳裏によみがえってきた。
 その多くはキラが友人達の姿を見て『自分も何かしなければいけないのではないか』と考えたときだったというのはどうしてなのか。
 それでも、やはり自分は何もしない方がいいのだ……と信じさせるには十分だった。
 自分はここにいる。
 そして、このままここで朽ちていかなければいけない。
 それがキラの出した結論だったというのは事実。
 小さなため息とともにキラは視線を窓の外に向ける。
 そこにはまぶしいまでに青い空が広がっていた。
 だが、その明るさがキラには辛い。
 あの光の中に出る権利を自分は持っていないのだ。そんな風に思えてならない。
 光の中に出れば、間違いなく自分の存在がどれだけ罪を背負っているのか、誰の目にも見えてしまうのではないか。
 そうなれば、自分の存在が否定されるに決まっている。
 何もせずに朽ちていきたいと行っているのに、否定されたくない……というのは矛盾しているのではないか。
 こう考えれば、苦笑すら浮かんでくる。
「キラ……よろしいですか?」
 その時だ。ノックの声とともにラクスの声が響いてきた。
「……開いてるよ、ラクス」
 視線を窓の外に向けたまま、キラは言葉を返す。
「失礼しますわ」
 そうすればラクスが流れるような仕草で姿を現した。その姿は、以前と少しも代わりがない。
「お昼ですわよ、キラ」
 一緒に食堂に参りましょう、と告げる彼女が自分のことを気にかけてくれている、と言うことはわかっている。それでも、今はそんな気になれないのだ。
「……ごめん、ラクス」
 この言葉が彼女を悲しませる、と言うことはわかっている。それでも、こう言うしかないキラだった。