キラの言葉に、レイは彼の体をそっと床に立たせる。それでも彼の肩に回した腕を外そうとしないのは、自分を警戒しているからだろうか。
どうやら、自分の養い子は本気で彼が気に入っているらしい。
彼がこんな風に誰かに執着をしている姿を見るのは初めてだな、とギルバートは思う。
もう一人の彼とは違い、レイは物心着く頃から真実を知っていた。だからなのだろう。彼は自分自身のために何かを欲したことはない。
だが、今、自分の目の前で彼が取っている行動は、過去の言動を翻してあまりあるものだ。
しかし、それがどこか人間らしいとも思える――それが良いことかと問われれば悩むしかないが――もっとも、レイが自分の手のひらの上にいる以上、その方が見ていて楽しいか、とギルバートは心の中で呟く。
「レイ……私が彼を傷つけると思っているのかね?」
彼の存在は《特別》なのだ。
もっとも、自分にとって必要なのはその完璧に整えられた《遺伝子》だけなのだが。こう考えた瞬間、レイが何を警戒しているのかギルバートにもわかった。
「君にとって大切なら、ね。何もしないよ」
レイに取って不必要な存在であれば、遠慮はしないのだが……とも思う。
「……キラ……」
取りあえずは自分の言葉を信頼してくれるつもりになったらしい。レイはキラを促す。それでも、彼から離れる気はないようだ。
そう言えば、昔からそうだったな、とギルバートは思い出す。
始めて会ってからしばらくの間は自分にではなくラウから離れなかった。そして、その後は母鳥について回るヒヨコのように自分の後を追いかけてきていたことも覚えている。
それが恋の相手になったというのは、やはり成長の証なのだろうか。
こう考えれば、やはり喜ぶべきかもしれない……と心の中で呟きながらギルバートは目の前の光景を見つめていた。
先ほど、自分が起動しようとして失敗したパソコンにキラが手を添える。そして、そのまま神業とも言えるキータッチでパスワードを打ち込んでいくのがわかった。
設問がランダムに表示されるのだろうか。
そして、その答えはかなりの長文なのだろう。しかも、時間制限も組み込んでいるのではないだろうか。
「あれでは……並程度の実力ではロックを破るどころか、プログラムに触れることもできないだろうね」
あるいは、ザフトの諜報部のものでも不可能かもしれない。
それは潜在的な能力はもちろん、キラ自身の努力があったからこそ可能だ、と言うことはわかっている。
それでも、目の前の人物が普通のコーディネイターよりもがるかに高みの存在であることは否定できないだろう。
同時に、その存在を手にしたいとも考える。
もっとも、後者に関してはほぼかなったと言っていいのではないだろうか。
後は、どうやって……とそこまで心の中で呟いたときである。
「ギル」
レイが自分を呼ぶ声が耳に届く。
「どうしたのかね?」
彼はいったい何を見せたいというのだろうか。
そう思いながら、ゆっくりと歩み寄っていく。それは、自分の存在におびえているらしいキラを刺激しないためだ。
もっとも、レイもそれなりに対処を考えていたらしい。
ギルバートとキラの間に自分の体を割り込ませている。そして、片手でしっかりとキラの肩を抱きしめていた。
「キラがここのデーターを見て作ったものですが……」
レイの言葉に頷きながら、ギルバートはモニターに映し出された資料に目を通し始める。
最初は斜め読みをしようと思っていたのだが、すぐにそんなことは脳裏から消え去った。
「……これは……」
レイの遺伝子の異常――というよりも、クローン体として避けられない宿命と言うべきか――を治療するために有益と思える方法が目の前にある。
これをキラが作った、とレイは言っていた。
「使えるものなのですか?」
レイの声がどこか期待に震えている。
「検証をしなければいけないだろうが……私が考えていたものよりも確実だろうね」
自分では、どうしてもここまでのものを作り上げることができなかった。
それなのに、彼は……と思えば妬ましい気持ちがないわけでもない。
もっと早く、これが自分に示されていれば、あるいは彼を失わずにすんだのだろうか。
今更言っても詮無いことだが、そう言いたくなってしまう。
「しかし、ここでは不可能だよ」
検証をするにしても、機器だけではなく時間も必要だ。自分に時間があれば、不可能ではないのだが、今の立場では不可能だと言っていい。
そう考えれば、信頼できる者に任せた方がいいだろう。
「……わかっています……」
口ではこう言いながらも、レイはどこか不満そうだ。
「何。キラ君のことは誰にも伝えない。だから安心したまえ」
どうやら、彼に必要なのは静かな環境のようだからね、とギルバートは口にする。そうすれば、レイは珍しくも頬に朱を散らした。
「問題は、このデーターを持っていかなければいけないと言うことだが……可能なのかな?」
さすがに、これを置いてはいけないだろう。というよりも、これがなければ実証は不可能だ。
「大丈夫だな、キラ」
レイの問いかけに、キラは小さく頷いてみせる。しかし、その表情はまだこわばったままだ。
「なら、何も心配はいらないね……後は、あちらで何かに移してもらえばいい」
必要最小限の人間には会ってもらわなければいけないが……と告げれば、キラの表情がこわばる。
ひょっとして、彼がここに来たのはアスランをはじめとする者達から離れたかっただけなのか。
だとしても、この場にキラがいる以上、自分は手放そうとは思わない。もちろん、レイも同じ気持ちに決まっている。
「と言うことで、移動でいいのかな? それとも、準備が必要かね?」
キラを護衛の者達と会わせないようにしないといけないだろうな、と思いながらギルバートは彼等を見つめていた。
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