「キラ」
 やはり、最初からギルバートだけにしてもらうべきだったか。レイはそんなことを考えてしまう。今のキラに、いきなり多人数と会えというのが無理だ、と言うことはわかっていたのだ。
 それでも、彼等の存在を拒めなかったのは、ギルバートの立場を考えたからだと言っていい。
「……やはり、怖がらせてしまったようだね」
 苦笑とともにギルバートがこう呟く。
「ギル……」
「君も彼も悪くはない。だから、そんな表情をしなくていい」
 ともかく、キラを見つけておいで……という言葉にレイは頷き返す。たとえ彼の命じられなくてもそうするつもりだったのだ。
 このままでは、きっと取り返しの着かないことになってしまう。
 そんな予感めいた確信もある。
「……俺は、人形が欲しいわけじゃない……」
 呼吸をしているだけの存在では意味がないのだ、とレイは呟く。もっとも、と彼は心の中で付け加える。ギルバートの本心がどこにあるのかが未だにわからないことだけが不安なのだが。
 それでも、彼を呼び出したのは、間違いなく自分だ。
 それだけは買えようがない事実だ、と思いながら、そっと室内の気配を探る。そうすれば、部屋の隅から良くしているそれが伝わってきた。
「キラ」
 今の彼を刺激しないように、レイはゆっくりと動きながら彼に呼びかける。
「心配はいらない。ギルは……俺やラウの主治医だ」
 だから、全てを知っている……とレイは付け加えた。
 その瞬間、キラの気配が揺れる。
 きっと悩んでいるのあろう、とレイは推測をした。
「大丈夫だ。ギルは……全てを知っている。それでも、キラのことを否定しない」
 ただ《キラ》本人を見てくれるだろうか。
 その不安は今でもレイの中にあることも事実だ。それでも、その程度のことは自分の存在でなんとでもできる。そう考えていることも否定しない。
「キラ」
 また彼の名を呼ぶ。
 その時だ。
 レイの視界の隅で何かが小さく動く。それがなんなのか確認するために、視線を向ければ、細い指先が見えた。
「……キラ、そこか……」
 ほっとしたような口調で言葉をつづると、レイはゆっくりと歩み寄っていく。
 そのまま、機器の影をのぞき込めば、血の気を失ったキラの顔が見えた。それでも、彼はまっすぐに自分を見つめている。
「心配かけるな」
 キラの前にレイは膝をつく。そして、そのままそっと彼の頬に手を添える。
「……レイ君……」
 キラの唇から吐息と変わらない声で自分の名がこぼれ落ちた。その事実がレイには嬉しい。
「大丈夫だ、と言っただろう?」
 微笑みを浮かべるとキラの首筋を通って肩へと手を移動させる。そして、そのままそっと自分の方へと引き寄せた。
「俺がいるだろう」
 だからなにも心配はいらない……とレイはそのままキラの耳元で囁く。
 それでも、キラの不安は消えないのか。その体が震えているのがわかる。
「ともかく、ギルを紹介させてくれ……その後のことは、貴方が決めればいい」
 今までまとめた資料を見せるのも見せないのも、とレイは言葉を重ねた。
「レイ君……」
「口を開きたくなければそれでいいから」
 言葉とともに、レイはキラの体を抱きかかえた。反射的にキラの腕がレイの首に絡みついてくる。無意識の仕草らしいそれも、レイにとっては嬉しいと思えるものだ。
 もっとも、それを表情に出すことはないが。
 そのまま立ち上がると、レイはギルバートが待っている場所へを足を進める。そうすれば、彼はいつもキラが使っていたパソコンに興味を示しているのがわかった。
「ギル」
 キラのことだ。あのパソコンにもそれなりのセキュリティを仕掛けているに決まっている。うかつにいじって中のデーターを壊すことになってはいけない、と考えながらこう声をかけた。
 そうすれば、彼は自分たちの方へと視線を向けてくる。
「おやおや、仲が良くて何よりだ」
 そのまま、彼がいつも口元に浮かべている笑みを作った。それでも、その中に親しみが滲んでいるのは、自分がいるからだろうか。そうも思う。
「キラ・ヤマト君だね」
 この呼びかけに、レイの腕の中でキラが体をこわばらせる。
「あぁ、おびえなくていい。少なくとも、私は……ラウのことでは君を恨んではいないよ」
 彼等を生み出した君の実の父君に関しては別だが……とさりげなく付け加えられた言葉にキラは不安そうに瞳を揺らす。
「あの男は、自分がやりたいことをやってその命を散らしたのだからね。最後の相手に、君を選んだもの、あの男のワガママだ」
 もっとも、失った哀しみは別だが……と口にしながらギルバートはゆっくりとレイ達の方へと歩み寄ってくる。それだけでキラはまた体をこわばらせた。
「だから、私としてはレイまでも失いたくない。そう思っている」
 ここでは彼の治療もままならないからね……と言う彼のセリフにキラは小首をかしげる。
 ギルバートの言葉を信頼していいのかどうか、悩んでいるのではないだろうか。そうも思う。
「ギルは……俺たちの命を少しでも長らえるために努力をしてくれていた」
 だから、とレイも口を開く。そんなに警戒をしないで欲しい、とも。
「……下ろして、くれる?」
 その言葉をどう受け止めたのだろう。キラは小さな声でこう呟いた。