「キラ……そこでおとなしくしていろ」
レイはこう言い残すと、その場を後にする。その背中をキラは黙って見つめていたがすぐに興味を失ったというように視線をそらす。そのまま、いつも使っているパソコンを起動した。
おとなしくしていろ、と言われたのだからここにいるしかない。
勝手に移動したりすれば、後で何をされるかわかったものではないのだ。
「……別段、どうでもいいけど」
自分の存在なんて、結局その程度のものなのだろう。
何よりも、あの真綿でくるまれているような優しい世界よりも、彼の怒りの方が自分にはどこか心地よくと思えるのだ。
そんなことを考えながら、キラはプログラムを呼び出す。
「……ここをいじれば、普通の方法ではロックを開けなくなるはず……」
本当は永遠に閉じてしまいたいのだ。
誰の目からも彼等の存在を隠し、そのまま無に還してしまいたいと思う。だが、自分たちをはぐくんだあれがコーディネイターの未来のために必要になるかもしれない、と言われてしまえば、それもできない。
だから、せめて『信頼できる』と感じる相手以外立ち入らせたくない、と思いながら、いくつかのキーを叩く。最後にenterを押せば、どこかで扉がロックされた音がしたような気がした。
これで大丈夫だろう、とキラは思う。
そのままいすの背もたれに体重を預けると瞳を閉じる。
体の奥に疲労がたまっているような気がしてならない。こうして体の力を抜いただけで眠気が襲ってくる。
「……眠っていても、いいよね……」
取りあえず、パソコンの電源だけは落としておいて……とキラは落ちそうになる意識を必死に捕まえながら作業を行う。こうしておけば、変なキーを叩いても大丈夫だろうと思ったのだ。
電源が切れたところでキラはそのまま机に突っ伏す。
「……どうして、彼は……」
自分にあそこまで執着をするのだろうか。
それ以前に、どうして同じ《男》である自分に欲情なんてするのだろう。自分が女――あるいはその逆――だったというのであれば、気の迷いでもないとは言えない。
実際、そうやって結ばれた相手もいないわけではないのだ。
だが、最終的には相手を傷つける形で離れ離れになった。そして、お互いの気持ちを改めて認識する前に自分は彼女を永遠に失った。
それも自分の中で傷になっているのだろうか。
自分から積極的にその欲求に身を任せようと思ったことはない。
だからこそ、レイの行動の意味がわからないのか。
そんなことを考えているうちに、キラの意識は闇の中に吸い込まれていった。
そのころレイは、施設の外にいた。
「ここで待て、と言われたのだが……」
いったい、どうやって彼はここに来るつもりなのだろうか。そう思う。
「……ギルのことだから、適当な言い訳とともに船の一隻や二隻動かすくらい簡単にやるとは思うけど」
だからといって、この場所に不特定多数の人間に踏み込まれたくない。そう考えるのは自分だけではないはずだ。
何よりも《キラ》の存在を不用意に広めたくない、と思う。
「……ラクス・クラインの手がどこまで広がっているのか、わからないからな」
彼女がどこにいるのか。
それはレイにもわからない。
だが、彼女がキラを捜しているだろうと言うことはわかっていた。
そして、プラント内部には、未だに彼女の影響が色濃く残っていることも知っている。それはザフトも例外ではない。
特に、あの男は要注意だろう。そう言いたい人物をレイはすぐに二人思い当たる。それ以外に何人いるのか、そこまではさすがにわからないが。
「……キラは、俺のだ」
相手が誰であろうと渡すつもりはない、と付け加える。
自分がキラを拉致してきたわけではない。
彼から自分の手を取ったのだ。
だから、いくら《友人》だったとしても、今更彼を渡すつもりはない、とも思う。
「第一、友達だというなら、あのキラの様子を放置しておくわけないだろうが」
キラのことをデーターでしか知らなかった自分でも、一目会ったその時にその異常さに気づいたのに、だ。
それとも、わざとあのまま放置していたのだろうか。
こんなことすら考えてしまう。
「……どちらにしても、今はもう関係ないが……」
たとえキラが完全に壊れてしまったとしても、自分の側にいてくれるならそれでかまわない。
むしろ、自分だけを見てくれているのだから、今の状況を壊したくないのだ、とまで考えてしまう。
「それも、ギル次第だけどな」
彼が自分の希望を叶えてくれない、とは思いたくない。だが、絶対大丈夫だとも言えないのだ。
そして、一番の問題は自分が彼には逆らえないと言うことかもしれない。
「……ギルとキラ、どちらかを選ばなければいけない状況になれば、俺はどうするのだろうな」
そのような状況にならないでくれるのが一番いいのだが、とレイは心の中で呟く。その時、自分がどちらを選ぶことになるのか、わからないのだ。
「今、それを心配していても無駄か」
そんな状況になるとは限らないのだし……と思う。それよりも、そのような状況にならないようにすればいいだけだろう、と考え直す。
「あれか?」
彼の視界に、砂煙が映し出された。
あれにギルバートが乗っているのだろうか。そう思いながら、レイは近づいてくるそれを見つめていた。
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