「食事の時間だ。それに……話しもある」
 だから来い、と手を差し出せば、キラは素直に自分のそれを重ねてくる。そして、そのままいすから立ち上がった。
 しかし――ここしばらくの不摂生がたたっているのか――キラは大きくバランスを崩す。だが、レイは軽く彼の手を引いて、自分の方へ倒れるようにさせた。
「……だから言っただろう? ちゃんと食べろ、と」
 ろくに食べないから体力が落ちている。そのくせ、長時間、座ったまま作業を続けていれば立ちくらみをしても当然のことだ、とレイは口にした。
「……ごめんなさい……」
 キラはレイの腕の中で身をこわばらせている。
「怒っているわけじゃない」
 そんな彼の仕草に、レイは小さくため息をつく。
「キラが倒れないか、心配なだけだ」
 少しだけ語調を和らげてやれば、キラはほっとしたように肩から力を抜いた。後は、いつものように表情を失った瞳でレイを見つめてくる。
「ともかく、移動をしよう。ここでは……食事を取ってもうまいと思えないからな」
 腕の中の彼を抱きかかえるようにしながら、レイは歩き出す。その動きに、キラもまた素直に従った。
 そのまま、廊下を歩きながら、レイは不意に口を開く。
「ここのデーターを、他の場所に移すことは可能なのだろうか」
 いろいろな意味で、この地に駐留をするのは難しくなっているから……と付け加えれば、キラは何かを考え込むような表情を作る。そのせいで、足下がおろそかになっていることに本人は気づいているだろうか。
「……データーだけなら、方法はあるけど……そのためには、ここの施設と同じレベルのマザーが一つ必要になるよ」
 個人でそれだけのものを整えるとなれば大変ではないか。キラの言葉はもっともなものだ、とレイも思う。
「不可能でないなら、それでいい」
 だが、それを用意しようとしているのは《個人》ではない。
 あのころならともかく、今現在、プラントで彼にできないことは、それこそ個人の生死に関わることではないか。もっとも、後者に関しては必要があればやるだろうな、とレイは思う。
「いずれ……どこかに移動しなければいけないことはわかってるだろう」
 食糧の問題もある、と言えば、キラは小さなため息をついた。
「勝手だったが、連絡を取った。おそらく、数日中に迎えが来る」
 いつでも移動できるように準備を整えて置いて欲しい、と付け加えればキラの足が止まる。
「……僕は……」
 キラが何かを言おうとして口をつぐんだ。
「もっとも、だからといって貴方を手放す気はありませんけど」
 しかしレイは、それを待つことなく即座にこう口にする。
「貴方はずっと、俺のものだ……と言ったでしょう?」
 どこにいようと、自分の側にいればいい。言外にそう滲ませて、レイはキラの肩を抱く腕に力をこめた。
 気が付けば、キラの肩に指が食い込んでいる。
 間違いなく痛むはずなのに、キラは何の反応も見せない。
 それはどうしてなのか。
「……キラ?」
 痛みすら感じないように心を閉じてしまったのか、とレイは眉を寄せる。それとも、何かを考えていて痛みすら感じないのか。
 キラの場合、どちらもあり得るから問題なのだ。レイはそう考えながら、彼の横顔を見つめる。
「……あれを……見られるのかな」
 まるで、それを感じたかのようにキラはこう呟く。
「あれ?」
「……僕の、兄弟達……」
 生まれることもできず、ただあそこに保存されている彼等を……とキラは付け加える。その中にはキラだけではなく自分の兄弟といえる存在――いや、自分自身かもしれない――も存在している。
「大丈夫だ……」
 心を壊し、全てを否定しようとしても、彼等の存在までは無視できないのだろう。そんなキラの気持ちが理解できるとまでは言わなくても、同じような気持ちなら自分も抱いている。
「俺だって、そのようなことはして欲しくないからな」
 だが、彼はどうだろうか。そうも思う。
「どうしても不安なら、貴方が閉じてしまえばいいだろう」
 そして、ロックしてしまえばいい。
 レイの言葉に、キラは小さく頷いて見せた。